泣いても笑っても日日是好日

人生は一期一会の連続。平凡な毎日でも、泣いても笑っても…

沖縄旅行 その1  雨の中の慰霊の旅

5月末に沖縄に行ってきました。

 

 

なんと、17年ぶりの沖縄。

そして、4人家族そろっての旅行も2年ぶりでした。

 

実は、この旅行の計画は4か月前からたてていました。

ピーチ航空のセールが、1月にあったからです。

そして、その料金は…驚くなかれ。

何と、福岡・沖縄間が一人片道4000円程度(手数料も含めて)でした。

帰りは、遅い時間にしたので、7000円(手数料含めて)くらいかかりましたけれど…。

 

因みに、小倉~博多間の新幹線の料金が指定席で3460円です。

福岡県内から福岡県内ですよ…。

このことを考えると、ビックリするような安さですね。

とても楽しみに待っていましたが、梅雨の時期という事が、ちょっと不安でした。

 

 

で、やはり不安的中。

梅雨に入ったばかりで、最終日以外は雨に降られました。

 

それでも楽しかった沖縄旅行。

今回から3回にわたって、沖縄旅行のお話をしたいと思います。

 

 

 

今日の記事はは、1日目です。

 

いつも通り、福岡空港から飛行機に乗ります。

 

飛行機に乗るまで、余裕があったので、ラウンジで飛行機を眺めながらコーヒーを飲みました。

 

昨年の東京旅行の時の反省から、家で朝ごはんを食べてから、コーヒーを飲んだので、飛行機では全く酔いませんでした。

 

ピーチ航空は、スマホでフライトレーダーが見られるのですね。

今、どこを飛んでいるかチェックするのが楽しかったです。

 

 

 

ワクワクしながら沖縄に着くと…

 

 

 

梅雨の沖縄は土砂降りでした。

あらぁ~。

 


沖縄空港の出口
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「めんそ~れ」とは「ようこそ」という意味。

 

 

 

覚悟していたとはいえ、やはりがっかり。

 

しかし、これから旅の本番なので、気を取り直しました。

 

1日目の予定は、太平洋戦争の戦跡巡り。

糸満市にある、ひめゆりの塔摩文仁の丘がある平和祈念公園を訪ねます。

 

糸満市の地図

引用:グーグルマップより

拡大すると、糸満市の南の方に、ひめゆりの塔平和祈念公園の表示が出てきます。(琉球ガラス村も)



 

沖縄は、国内で唯一地上戦があったところです。

 

1945年の4月に米軍が上陸したあと、米軍は南に進撃し、5月に日本軍は司令部のあった首里(那覇市)から、本当の最南部の摩文仁(糸満市)に撤退しました。

 

そのため、兵隊も逃げてきた住民もともに過ごすようになり、沖縄最後の激戦地となりました。

 

 

 

 

さて、公共機関でこれらの戦跡に行くには、1時間に1本のバスに乗らなければいけません。

あまりにも交通の便が悪いので、1日目は半日だけレンタカーを借りることにしました。

 

最初の目的地はひめゆりの塔ですが、ひめゆりの塔の近くに、琉球ガラス村というところがあります。

 

せっかくだからということで、ここに寄っていきました。

 

お昼ご飯もここで食べてました。

 

 

 

お土産屋さんの建物の中のステンドグラス。

色とりどりのガラスが、とても綺麗です。

 

ガラス工房で、ガラスを作っているところを見学することが出来ます。

溶鉱炉に入れて、溶けだしたガラスの形を整えていくところなどを見ることが出来ました。

 

琉球ガラス村を見学した時は、まだまだ土砂降りの雨で、傘をたたんで建物の中に入るとホッとする…そんなひどい雨でした。

 

そして、お土産屋さんで、長女が一目ぼれして購入したガラスのコップ。

青い色や、波のようなガラスの凸凹が沖縄の青い海を連想させてます。


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因みに、家に帰ってラベルをよく見ると「made  in   vietnam」と書いている。

沖縄で作ったものでないことが分かったら、がっかりするかもしれないので、ラベルを剥がして娘には黙っていることにしました…。(苦笑)

 

 

琉球ガラス村を出る時、やっと雨が小やみになりました。

この、小やみの雨の中を、本来の目的地ひめゆりの塔へ。

 

 

 

 

私自身は、ひめゆり平和祈念資料館は、何度か行った事があるのですが、子ども達が行ったのは小学生の時。

 

「大人になったので、改めて訪れてみたい。」と言われ、訪問することにしました。

 

 

ひめゆり学徒隊とは、沖縄県立第一高等女学校、沖縄師範学校女子部の学生さんで構成された看護要員で、糸満市で活動しました。

 

雨の中だったからか、以前より暗い雰囲気の中で展示を見ました。

以前訪れた時は、ムシムシする晴れた夏の日でした。

 

 

 

 

 

ひめゆりの塔」と言われる言われる慰霊碑。

 

この名称はひめゆり学徒隊にちなんでつけられているとのことです。

 

この近くに、献花台に備えるお花を売っていたので、一束購入して献花しました。

 

ここで私が撮った写真は、これだけです。

 

 

 

 

ここに、ひめゆり平和祈念資料館が隣接しています。

ひめゆり平和祈念資料館では、ひめゆり学徒隊の生存者の手記や、従軍の様子などを展示したパネル等々の資料があります。

 

具体的には、ひめゆり学徒隊の出身校である女学校の歴史、戦時中の生活、アメリカ軍の沖縄上陸後のひめゆり学徒隊の戦争負傷者への看護、そして、解散、自決、アメリカ軍からの逃避行、そのようなことが分かる資料が展示されていました。

 

 

前回行ったときもそうでしたが、私が一番時間をとったのは、最後のコーナーの、戦争で亡くなったひめゆり隊員の遺影が展示されている部屋でした。

 

この部屋では、生き残ったひめゆり隊員たちの体験談が、読めるようになっているのです。

 

衛生環境が最悪で、うじ虫が湧く負傷兵のウジ虫を必死でとったこと、解散の後、友達を背負って逃げたけど、途中でもういいからと言われ、友達を置いて逃げた話、いつも優しかった兵隊さんが急に怖い顔になって、自分たちを防空壕から追い出して、その後自決した話…、具体的なエピソードを紹介しようかと思いましたが…

 

今思い出しても、あまりに悲惨すぎて胸が痛くなるような話ばかりで、パソコンに打つ手が止まってしまいます。

 

 

2年前、長崎でも、原爆の跡地を見学しました。

 

原爆も地獄。

地上戦も地獄。

 

長崎の原爆の話も言葉を失いましたが、もしかすると自分の感情の中の衝撃は沖縄の方が強いかもしれません。

 

なぜなら手記を読むと、アメリカ兵の上陸により、じわじわと高まる恐怖、追い詰められる精神が、時間的長さとしてリアルに想像されるからです。

 

また、ひめゆり学徒隊の女生徒たちが、自分の子供たちとさほど年齢が違わないこともあるのだと思います。

 

アバウトな説明ですね。

 

具体的な話を書いているウイキペディアのリンクも貼りますので、参考にして下さいね。

ひめゆりの塔 - Wikipedia

 

 

 


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雨の中で、ひっそり咲いていたゆり。

このゆりも、なんだかひめゆり学徒隊を慰霊しているよう…。

 

 

さて、この展示を見た後は、家族全員黙り込んで、次の目的地に向かいました。

 

 

 

次の目的地は、沖縄県平和祈念公園です。

 

ここは、沖縄戦終焉の地を望み、慰霊碑、資料館などがあります。

 

 

 

奥に見えるオレンジ色の屋根の建物が、沖縄県平和祈念資料館です。

 

沖縄県平和祈念資料館は、明治時代から現代にいたるまでの沖縄の歴史を語る資料が展示されています。

 

そして、やはり一番多く占めるのは、沖縄戦の展示でした。

 

先に見たひめゆり学徒隊だけでなく沖縄戦で戦った兵士、犠牲になった一般の人たちの写真や遺品なども展示されています。

 

沖縄戦の民間人の死者は推計約94000人とのこと。

約4人に1人がこの地上戦でなくなったとされています。

 

やはり、生々しい展示に言葉を失います。

 

また、この展示を見ながら思ったことは…沖縄の人はいまだに本土と比べ物にならないくらい、アメリカの基地なども多く、その弊害に苦しんでいる人が多いという事でした。

 

騒音、犯罪、環境汚染…どれをとっても、沖縄の人の人権が軽視されているというか、安心して生活する妨げとなっています。

 

 

最近、わたしが住む隣の県佐賀県でも、オスプレイの飛行が再開されましたが、安全性はどうなのでしょうか…。

納得のいく説明はされていません。

 

 

沖縄の人の声は無論、私たちの声も、そして基地について、これからの方針について、政府は心底納得するまでとことん説明を尽くしてほしいと思います。

 

 

 

日本は沖縄、長崎、広島でなくても空襲に遭っています。

空襲とは、無差別殺人。

 

なぜこのようになったか、自分たちで戦争について、検証することも大切だと思っています。

 

その上で、私たちが平和の大切さをもっと発信できればと心から思います。

 

そして、先勝国や大国なら、何を言っても何をしても許される、敗戦国は何を言う権利もない…、そういういう人々に、驕った考えを改めてもらいたいです…。

 

 

 

 

 

平和祈念公園から話がそれました。

 

話を戻しますね。

以下は公園内のモニュメントや施設です。

 

 

沖縄県平和祈念堂

平和への思い、戦没者追悼の象徴として、建てられました。

 

 

さざなみの池

イベントがある時に、平和の火がともされるとのこと。

 

 

沖縄戦最初の上陸地である座間味村で、火打石を使って採取した火と広島市の平和の灯、長崎市の誓いの火を合わせてともした火だそうです。

 

普段は、その火は地下で保存されているそうです。

 

 

 

平和の礎(いしじ)

この向こうに、沖縄戦でなくなったすべての人の氏名を刻んだ記念碑があります。

 

 

 

公園から太平洋と、摩文仁の丘と言われる丘陵地を望みます。

沖縄戦終焉の地です。

 

数十年前に前に初めてここに行ったときは、海岸におりて、手を合わせた覚えがあります。

その時は、季節が夏だったからか、むせかえるような湿気の断崖でした。

 

今回は、公園から眺めるだけです。

この時間は、既に雨もやんで穏やかな海でした。

 

今は、ここで激戦があったとは思えないほどです。

 

 

 

さて、この資料館で、相当時間をとったので、帰りのレンタカーを速やかに返却しなければいけません。

 

なのに、渋滞や、道を間違えたりして…

途中で、少し遅れるかもしれないと、レンタカー会社に連絡をしましたが、どうにかぎりぎりセーフの返却が出来ました。

 

この後は、那覇空港に戻り、ゆいレールというモノレールに乗って国際通りに行きました。

夜は雨もやんだのでこの通りをぶらぶら。

国際通りの散歩は、私が楽しみにしていたことの一つです。

 

沖縄ならではの小物やアクセサリーを売るショップや、民芸品、かりゆしシャツ、沖縄料理の居酒屋さん、沖縄のアーチストのライブを聞かせてくれる店…などなど、中にはいるだけでなく、ただ見ているだけでも飽きません。

 

この日は、沖縄のブルーシールのアイスクリームを食べたり、大きなハンバーガーを食べたりして、夜の国際通りを満喫しました。

 

 

ところで…

 

この記事を書くにあたって、長女に改めて、

「沖縄の戦地巡りをして、これからこうしようと思う事ある?」

と聞いてみたら、興味深い答えが返ってきました。

「必ず選挙に行こうと思う。」

「なぜ?」

「戦争なんて好きな人はいない。しかし、政治に無関心な人が多かったら、少数の人が選んだ政治家が、自分の意に反することをしても何にも言えない。だから、自分の意見を反映させるためにも選挙には必ず行かなければいけない。」

 

うんうん。

わたしも、選挙は必ず行かなくてはいけないと思います。

 

 

 

長い文章になりました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

次回からは、沖縄観光の話です。

今度は、本島北部へもいきますよ。

 

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

志賀海神社…潮風に吹かれながら海人族ゆかりの地を感じる


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志賀海神社  本殿

 

 

 

 

今回は、福岡の神社のご紹介です。

 

今回ご紹介するのは、福岡でもとても古くからある神社の志賀海神社(福岡市東区)です。

 

名前の通り志賀島にある神社で、全国の綿津見神社の総本社です。

 

志賀島は古代の海人族である安曇族のゆかりの地で、「漢委奴国王」の金印が発見されたところとしても知られています。

 

また安曇族は、綿津見神(海の神様)の子孫といわれ、現在の宮司さんも安曇さんと言われます。

中国の呉の国(現在の江蘇省付近にあった)からやってきた人たち、とも言われています。

 

その昔、志賀島には、内海むけ(博多湾)と外海むけ(玄界灘)の二つ港があったそうです。

その交通の要衝の志賀島から、金印が発見されたのも、偶然ではないかもしれません。

 

ちなみに、志賀島から九州本土(大袈裟ですが)に繋がる道のすぐ近くの本土側に、志式神社という神社がありますが、そこは、安曇水軍の拠点だったという伝承があるそうです。

RKBラジオの「古代の福岡を歩く」という番組で聴きました。)

 

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式神

引用:インスタグラムより

 

 

さて、志賀海神社の創建は明らかではありません。

 

もともと島の北側である勝間と言う場所に、表津宮(うわつぐう)、仲津宮(なかつぐう)、沖津宮(おきつぐう)として、信仰されていました。

その表津宮を、神功皇后(ウイキペディアによると、実在すれば4世紀後半の人)の朝鮮出兵の時に、かじ取りをした安曇族の長である安曇磯良が、今の地へ遷宮したとされています。

 

 

もうひとつ志賀海神社でよく知られているのが、この神事。

五穀豊穣や大漁を願う「山誉め祭」です。

 

海の神社なのに、どうして山に向かって大漁を願うの?と、思われるかたがいらっしゃるかもしれません。

 

山の土壌で生成された有機物が、川によって海に運ばれてそれをプランクトンが食べて、そのプランクトンを小魚が食べて、その小魚を、大きな魚が食べて…

という循環が成り立っているそうです。

 

豊かな山が、豊かな海を作るのですね。

 

現在、太陽光発電のために山をはげ山にして、その結果大雨の時に土砂がどっと川に流れ、海を汚したりしているそうです。

 

こうなったら、太陽光発電もエコのようでエコでない…難しい問題ですね。

 

 

…と、話がそれましたが、「山誉め祭」の話に戻して…

 

 

 

この「山誉め祭」の口上に日本の国歌「君が代」とほとんど同じ歌詞があるんですよ。

その話については、こちらの記事をどうぞ。

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

君が代の君が、安曇族の長とすると…このことからも、金印が安曇族が拠点とした志賀島から発見されたのも、頷けるような気がします。

 

そもそも初代神武天皇のお母さんも、海の民である玉依姫綿津見神の娘)だったし…。

 

ところで、今の宮司さんの先祖である、先ほど出てきた安曇磯良は、神功皇后新羅出兵の時に、顔にアワビやカキがくっついて醜いから、と言って神功皇后の「会いに来るように」という再三の要請を断ったそうです。

 

どうしても磯良に会いたい神功皇后が舞を舞ったら、やっと出てきたという話が伝わっています。

(安曇磯良は、舞が大好きだった。)

 

 

 

この話が、史実を伝えているのなら、安曇磯良には、何か神功皇后に協力したくない訳があったようにも思えるのだけれど…。

 

 

 

 

 

それでは、今から志賀海神社にお参りしましょう。

 

 

 

創建  伝承によれば、神功皇后の時代。

御祭神 綿津見三神底津綿津見神中津綿津見神上津綿津見神)

御神徳 災厄祓除、病気平癒、子供守護、交通安全、海上安全など

 

 

いつも志賀島に行くときは車で行くのですが、今回は博多ベイサイドプレイス博多から、船で行きました。

 

ベイサイドプレイス博多からは船で、志賀島の他、壱岐対馬、五島などにも行くことが出来ます。

 

ちょっと乗り場が離れますが、韓国の釜山に行くJR九州のクイーンビートルもこの近くから出港します。

 

私も、数十年も前、クイーンビートルに乗って、釜山に行きました。

 

今回、志賀島へは「きんいん号」に乗って、出かけました。

 

志賀島船場にかかっていた地図。

志賀海神社の本宮があったとされる、勝間地区は島の北の方にあります。

 

 

一の鳥居

船場を出ると、すぐに鳥居を発見。

この鳥居は福岡藩3代藩主黒田光之(1628~1707)は寛文10(1670)年に造営したもの。

 

この鳥居から志賀海神社までは、まっすぐの道です。

 

 

志賀海神社に着きました。

 

写真が切れていますが、階段下の左側に御潮井(清め砂)があります。

階段を上がる前に御潮井(清め砂)を体に振りかけて身を清めます。

 

 

山之神社(やまのかみしゃ)

拝殿に行く途中に、「山之神社」がありました。

ご祭神は山の神である大山津見神(おおやまつみのかみ)です。

 

志賀海神社には、海の神様も山の神様も祀られているのですね。

 

 

さらに進みます。

 

楼門

楼門が見えてきました。

もともと、戦国時代大内家当主大内持世(1394~1441)が、永享年間(1429~1441)に建立したものだそうです。

その後、福岡藩主である黒田家によって修理され、現在の楼門は昭和9(1934)年に竣工したものとのことです。

 

 

 

 

楼門手前の育民橋

通ることは、できません。

育民橋を迂回します。

 

 

楼門を通り抜けたら、いよいよ拝殿があります。

 

 

拝殿

さあ、拝殿で手を合わせましょう。

 

海の傍なので、潮風が心地いいです。

 

因みに、右側に少しだけ映っている建物は「鹿角庫」(ろっかくこ)といわれ、1万本以上お鹿の角が奉納されているそうです。

神社の境内でも、戦前まで鹿が放し飼いにされていたそうですよ。

 

 

 

拝殿から反時計回りに歩いてみましょう。

 

遥拝所と亀石

志賀島から東側の海が見えます。

 

ここはもう、玄界灘

志賀島の対岸にある大嶽神社(ご祭神は風の神である志那津比古神、志那津比売神、安曇族である大浜宿祢、保食神ほか)、小嶽神社(御祭神は小浜宿祢)、そして伊勢神宮、皇居などの遥拝所となっています。

 

大浜宿祢、小浜宿祢ともに神功皇后新羅出兵の時に活躍した人物とのことです。

 

因みに大嶽神社には、急な階段があって、ホークスの選手が足腰を鍛えるのにこの階段を上り下りすることから、ホークスの聖地と言われているそうです(笑)

(→今年はホークスが強いので、嬉しいです!! …笑)

 

囲いに囲まれている石は、安曇磯良が亀に乗って神功皇后に会いに行った、という伝説にちなんで奉納された亀石です。

 

本殿後方にあるにある境内社

 

 

 

 

本殿西側にある境内社の今宮神社。

 

安曇磯良ほか安曇族諸々の神をはじめ、住吉三神他を祀ります。

 

御神木から漏れ出る木漏れ日が眩しい!!

 

 

以上、本殿の周りを、一周廻ってきました。

 

帰りは、かわいい鹿の飾りがついた、車につける交通安全のお守りを買いました。

 

 

この日は船に乗ったのですが、車で志賀島に行ったときに志賀島をぐるっと一周したことがありました。

 

その時、休暇村志賀島というホテル(志賀島の北の方です)の海水浴場からとった写真です。

 

博多湾の向こうに見える山々は糸島半島の山々です。

 

こう見ると、博多湾をはさんでいるだけなので、結構近いですね。

(下のアクセス案内にグーグルマップを貼っているので、その地図を縮小して、位置確認ができます。)

 

糸島半島と言うと、伊都国があったところと比定されています。

 

ここには、古事記に出てくる神々を祀る古い神社が数多くあります。

 

その一つには、先にかいた君が代の歌詞と同じである細石神社(祭神 コノハナサクヤヒメ、イワナガヒメ)もあります。

 

山誉め祭の歌詞から推測するに、時代が下った安曇磯良の時代は、博多湾は、すでに安曇族の庭のようなものだったのではないでしょうか。

 

 

 

 

最後にアクセスです。

 

 

 

 

志賀島自体は、海水浴場のほか、あまり遊ぶところはないのですが、海の中道志賀島と九州本土をつなぐ)にある西戸崎にいくと、福岡で唯一の水族館であるマリンワールド海の中道や、福岡で有数の敷地を誇る広々とした海の中道海浜公園があり、大人も子どもも楽しめ、とてもお勧めです。

 

ぜひ、これらの施設も一緒に訪れてくださいね。

 

 

子どもが小さい時は、特にプールで泳ぐためによく遊びに来て、疲れ果てて帰ったものですが、子供たちも大きくなり、今はとんとご無沙汰です…。(笑)

 

 

参考までに、リンクを貼っておきますね。

 

marine-world.jp

 

uminaka-park.jp

 

 



今日も…日日是好日

現代の就活事情 コロナ明けは、何もかもがとにかく早い!!


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5月上旬の両親の菩提寺のお庭です。

もっと前の時期には桜の花も咲き、とても綺麗で癒されます。

 

 

 

4年前、コロナの真っただ中で就職した長女の就活について記事にしましたが、この春次女も就活を終えましたので、久し振りに「現代の就活事情」のタイトルで、書いてみようと思います。

4年前と違うな、というところが結構ありましたので…。

 

この記事が、これからの就活生や、就活生を持たれる親御さんの参考になればと思います。

 

以前の話は…

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

 

今回は、次女の就活についてのお話です。

 

 

次女の置かれた環境は、長女とは少し違います。

 

長女と違うところは、

 

  • 文系でなく理系であるということ。
  • 自宅生でなく、下宿生ということ。
  • コロナの真っただ中で就職した長女と違って、世の中では超売り手と言われる状況の中で就活したこと。

でしょうか。

 

そばで就職活動を観察しているわけでないので、今回は「ブログに書くから、教えて!」といって、聞きだした話を編集しています。

 

 

実際、自宅にはいないし、オンラインの面接が多かったからか、どこを受けたのか一部しか把握していません。

 

対面面接で地元に戻るときも、

「時間がなかったから、家には寄れなかった。」

とメールをくれるだけでした。(苦笑)

 

 

 

 

 

 

 

では、まずは企業の内定までの流れです。

 

① ES(エントリーシート)、適性検査

② 面接

 

がほとんどだと思います。

このプロセスは、長女のときと同じです。

 

 

ESは、履歴書とガクチカと呼ばれるもので、いわゆる学生時代に力を入れたことなどを書きます。

適性検査は、一般教養みたいな試験と性格判断。

 

 

ESについて、企業によっては大学名や、大学での専攻を書かせず、ただガクチカだけを書かせるところもあるそうで、びっくりしました。

 

 

適性検査も、今ではオンラインがほとんどらしい。

 

これは、家でテストを受けたり、テストセンターでうけたりするそうです。

 

また、娘はSPIという適性検査を複数の企業の指定で受けたそうですが、新しく受けなくても、一度受けていれば、以前受けた時の結果をそのまま送信していいところもあったとのことです。

(娘が受けた企業は、たまたまかもしれませんが、すべてSPIでした。)

 

因みにSPIの参考書や問題集は、本屋さんに行けば数多くあるそうです。

 

 

ES、適性検査に合格すると、次は1~3回の面接。

大学の推薦が得られれば、いきなり面接という企業もあるとのこと。

(推薦については、後半にもう少し詳しく書きますね。)

 

面接は、基本オンラインでの面接です。

4年前は、

「へぇ、オンラインでねぇ~。」

と、もの珍しかったのですが、今では、もうすっかり定着していますね。

 

最終面接はさすがにオンラインではなく、本社に呼ばれての面接もありました。

 

 

さて、娘がした対策は、想定される質問を考え、答えに詰まらないようにすること。

 

また、企業研究に時間をかけたとのことです。

徹底的に、受ける会社の理念や事業内容を頭に叩き込んでおく、ホームページやYouTubeなどで企業が発信しているものがあればそれも目に通し、新聞で最近の活動が分かれば、それを把握するようにしたそうです。

 

で、実際面接で何を聞かれたかというと、特にガクチカを深堀りされたり、理系だからか、研究内容の深堀りをされたりしたとのこと。

 

面接の雰囲気としては、フランクで雑談風だったり、厳しい雰囲気の面接だったり、色々あったそうな。

 

どうも、全国展開している企業は、フランクな雰囲気を出し、地元企業…特に男性が多い…は厳しい雰囲気が多かったみたいです。

 

地元企業ということは…

あ…福岡です…

うんうん…おそらく九州男児が面接しているんだろう…

融通のききそうもない頑固な面接官を、勝手に想像しました。(笑)

 

 

そうそう、夏休みや、冬休みのインターンシップ(企業での就職体験)を経験した学生さんは、少し有利になることもあるらしいですよ。

 

 

 

そして、今年の特徴といえば、世間でもよくニュースにもなっていますが、就活の時期に代表されるでしょうか。

 

 

娘の場合、大学の勉強が忙しくて、本腰を入れた就職活動は、3月半ばまですることができませんでした。

(とはいうものの、勉強の合間合間にできることは、していたらしい。)

 

 

なのに、もうすでに、3月1日には約3分の1の就活生が内定をもらったとの報道が!!

 

 

因みに、マイナビキャリアリサーチLabの調査によると、

 

3月1日に約3割。

3月末の時点では、約5割。

4月末には6割以上の人が内定をもらっていたとのこと。

特に理系は文系より内定率が高く、4月末の時点で7割以上の内定をもらっていたそうな。

 

更に6月1日から、暦上の面接解禁でしたが、その時点で、すでに8割の学生さんが内定をもらっていたと新聞にも報道されていました。

 

驚異的な数字です。

 

このような数字を見たら、面接解禁日って、何のことだろう?と、思ってしまいますね。

 

ところで、一般的に内定、内定といわれますが、この時期はまだ、労働契約が成立していないので、正式には内々定です。

 

ですから、以下は内々定と書きますね。

 

 

 

 

 

 

そのような、就活早期化の影響なのでしょう。

 

なかなか、本格的な就活ができない娘に私はやきもきし、夫も、

「この流れに乗り遅れたらいけない。」

と、はっぱをかけていました。

 

でも結果的には、娘は就活開始が遅かったためか、就活終了までの期間は短かかったです。

(終了は4月末、4年前の長女は8月~9月くらいでした。)

 

ESや、適性検査を受けて合格すると、翌週には面接。

不合格にしても通知が早い。

 

一次面接のあとは、企業のよっては次の日にはもう結果が告げられ、翌週に最終面接というすごく早い流れでした。

 

もっとも、一番時間がかかったところでは、一次面接の結果が判明するのが2週間弱かったそうな。

 

そして、最終面接が終わると、早い所では終わってすぐ(1時間後くらい)、遅い所では3週間後くらいに結果発表の電話があったとのことです。

 

 

 

さて、内々定の通知をもらうと、内々定承諾書を書かなくてはいけない企業があります。

承諾書の期限は、内々定通知があって1~2週間くらいの猶予があります。

 

 

我が家の場合は…

 

娘には最終的に就職することになった会社…仮にA社としますね…と同じくらい気になる企業がもう1社ありました。

B社としますね。

 

 

内々定の合否発表は、A社より1か月遅れてB社の発表があるという。

A社の内々定承諾書の期限は1週間。

B社の発表は、承諾書の締め切りには間に合いません。

 

娘は冒険はせず、B社の通知を待つことなく、A社に就職を決めました。

 

 

ところで、話は変わりますが、不思議に思うことがあるんですよ。

 

早期選考についてですが…。

 

企業によっては早期選考と言って、時期の早いうち(2月とか)に就職試験を受けたり、落ちたらもう一度普通の募集の時に再チャレンジすることが出来るようになっています。

 

もし、早期選考で内々定がでたら、皆さん就活はもうやめるのでしょうか?

だって、企業によっては内々定承諾書を書かなくてはいけませんものね。

承諾書期限の延長をを依頼するにしても、日数に限度があるでしょうし…。

 

また、公務員試験を受ける人はどのような就活をするんだろう?

発表は8月くらいですものね…。

 

ただ、内々定承諾書は、口約束みたいなもので、法的拘束力はないそうです。

 

 

とは、いっても、学生さんにとっては、この後就活を続けていくにしても、内々定通知の日時がかけはなれていれば、精神的にプレッシャーになると思うのですが…。

 

 

 

それでは、先ほどちょっと触れました推薦について、もう少し詳しくお話しますね。

 

まず、先ほども書いたように、大学の推薦を受けると、いきなり面接まで進めたりします。

 

その代わり、娘の大学では、大学の推薦を貰ってから受けた企業で、内々定をもらったら辞退できないそうです。

(だからといって、推薦をもらっても必ず合格という訳ではなく、落ちるときもあるんですけどね。)

 

もう一つ、この推薦についてお話ししますと、大学のある都道府県の企業への推薦が、とても多いとのことです。

 

地元の大学に行って、地元の企業を志望している学生さんにとっては、どこから推薦依頼がきているか、早めにチェックするといいかもしれません。

人数の枠もありますから…。

 

 

 

 

それにつけても、就活とはやはり厳しいもの。

超売り手市場と言われるけど、娘が全勝(全部の会社に内々定をもらう)なんてことはあり得ませんでした。

 

 

娘の場合、不合格の時は、全て面接まで行きつきませんでした。

でも、やっと面接までたどり着いたら、その後はとんとん進むという感じ。

 

と、いうことは…

 

ES、適性検査で人数をかなり絞った後、面接に進ませているのかも。

(文系、理系の違い?最近の傾向?私には、よく分かりません。)

 

 

以上のことから、現代の、いや現在の就活事情のまとめると、

 

 

  • 就活を始めるのは、やはり早ければ早いほど、合格の可能性が高くなる。
  • 早期専攻があれば、何度でも同じ企業にチャレンジできる。
  • 推薦を受けるときは、申し込みが早いほど、他の学生さんに先んじて、推薦の枠に入れる。
  • ES、適性検査は面接と同じくらい大切。(そもそも、これに通らなければ、面接まで行き着かない)

 

 

 

 

 

現代の就活事情の話、参考になりましたでしょうか。

 

 

 

 

おまけの話です。

 

面接で、

「あんた、これありえんやろ。」

と、姉(長女)に言わしめたエピソードを紹介しますね。

すべてが終わった今では、笑い話です。

 

 

A社での最終面接での面接官と娘の会話。

最後の面接なので、ありのままの自分を見ていただければと思った、とのことです。

 

「うちが第一志望でしょうか。」

「(即答できず、ちょっと沈黙)、B社の最終面接を控えていますので、結果を見て決めようと思います。」

(他社と言わず、B社と名前を出した娘。ストレートすぎる答え?!)

「もし、どちらも内定がでたら、何を決め手としますか?」

「就職はご縁と思っていますので、早く内々定をくださった方のご縁をいただきたいと思います。」

(つまり、ご縁は内々定通知の早さってことね…。しかし、逆脅迫の様にもとれるこの正直さは、不適切にもほどがある?!)

 

 

 

 

A社の面接官の懐が深いのか、人材不足なのか、はたまた娘のすなおさ??をプラスとして受けとってくださったのか。

ただただ感謝です。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ともあれ、無事に終わった就職活動。

(娘が下宿しているためか、あまり進捗情報が入ってこなくて、長女と比べてハラハラドキドキ感が少なかった。)

学生時代最後の山場を越えたことで、ほっとしています。

 

 

だけど…

 

娘が学生時代は、就職したらまた実家に戻ってくるかもしれない、と思っていました。

だけど、A社は、地元に配属になっても、自宅から通える距離にはありません。

 

 

おめでたいけど、ちょっと寂しい!

いや、結構寂しい!!

 

わたしの子育ても、いよいよ終わりに近づいたということでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

娘よ、お疲れさまでした。

 

残り少ない学生生活を、実りあるものとしてください!!

 

 

 

今日も…日日是好日

日田日帰り旅行 その3 豪華絢爛天領日田のおひなまつり

前回、前々回と高塚愛宕地蔵尊を中心としたお話をしました。

 

高塚さまからは予定より2時間半遅く、日田の市街地に戻ってきました。

時間は2時半ごろでしょうか。

日田から帰るバスは、5時半ごろに出発の福岡に戻る高速バスを予定していました。

 

前回までのお話  ↓

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さあ、やっと日田のお雛さまの見学です。

 

日田といえば、江戸幕府の直轄地(天領)として栄えたところ。

ここでは、その豪商たちが、京都や大阪で買いそろえたお雛様が大切に保存されています。

 

まず、お昼ごはんを食べたので、実働は3時半からでしょうか。

だいたい5時にお雛さまの展示は終わるので、お昼ご飯を食べながら、どこのお雛さまを見るか、厳選しました。

 

お雛さまを展示しているところは20か所弱。

そのうち、パンフレットを参考に、3か所に絞って、見学することにしました。

 

 

 

 

 

お雛さまを主に展示している豆田町へは、バスセンターから日田駅を突破していきます。

ちょっと、中を覗いてみましょう。

 

 

JR日田駅の正面。

HTA」のモニュメントがお洒落。

   

駅の中を覗いてみると、待合室が、素晴らしい。

日田駅の待合室は、それはそれはシック。

どこかのお洒落な休憩室のような仕様でした。

木の匂いがするし、照明もリラックスできるし、電車を見ながら待つことが出来ます。

 

奥は、さらに、本棚や、大きいテーブルがあって、ご飯を食べたりパソコンをしたりしている人もいました。

 

電車を待っていなくても、ここなら、一日中時間をつぶせそうなほど、快適な空間でした。

 

 

町おこしとしての「おひなまつり」は、もう41回目なのですね。

 

 

江戸時代?明治?大正?昭和初期?

昔の面影のある白塀の建物があります。

 

この通りも、古くから変わらない感じ。

 

ただ、あまり通りを人が歩いていないんですよね…。

特に、日本人の観光客が。

 

韓国人の団体客と思しき団体さんを、一組は見たけど。

 

あとは、学校帰りの制服の学生さんばかり。

 

なんだか、こんな状態で、これからもお雛祭り続けていけるのだろうか、とちょっと心配になるほど人がいませんでした。

 

もっとも、時間的なもの…平日だったとか、すでに4時頃だったとか…もあるかもしれません。




      

まず、ここは行くと決めていた「草野本家」にきました。

 

草野家は、江戸時代、生蝋製造業を営んで繁盛したという豪商です。

 

江戸時代後期には、幕府直轄地日田の代官である郡代の御用達として、公金も扱ったとのこと。

 

現在の住宅は、江戸時代の中頃…享保10(1725)年頃に建てられたものだそうです。

 

国の重要文化財となっています。

 

「すべてのお雛まつりはここからはじまった」とあるのは、昭和59(1984)年に町おこしとして、第1回目の日田の雛祭りが開催された時に、ひな人形を最初に一般公開したのが草野本家だったから。

 

お客さんは、私達が行ったときは誰もいなくて、家のなかの説明を私達だけのためにしてくれました。

 

 

 

 

風情のある中庭です。

 

この草野家の雛人形は178体もあり、京都や大阪に商用で出かけた折に手に入れたものが多いそうです。

 

私が見た時は、異人さんをモデルにした人形もあり(長崎で手に入れたのかしら?)、印象としては、お雛さまを中心としたお人形大集合と言う感じでした。

 

でも、残念ながら、お雛さまは撮影禁止。

 

何かないかなと探していたら、大分放送YouTubeを見つけましたので、どうぞ雰囲気を味わってくださいね。

 


www.youtube.com

引用:YouTubeより

 

 

次に行ったのが、天領日田資料館。

資料館に行けば、色々なお雛さまが飾ってあると思ったからです。

ここでは、庶民に伝わったお雛さまを展示しています。

 

そして…

ここも、貸し切り状態でした…。

 

 

 

天領日田資料館

普段は、日田の庶民の生活がしのばれる資料を展示しているそうです。

 


様々な家に伝わったお雛さまが展示されていました。

ガラス越しの写真でちょっと見づらいかも。

 

 

これは、「おきあげ雛」と言います。

 

おきあげ雛は、綿を着物の端切れなどの布でくるんだお雛様で、筑後川流域でひろまったとのこと。

 

もと押絵は、江戸時代に宮中の女官が始めたと言われているそうです。

 

 

これは、やはり日田の豪商で広瀬家の旧宅。

今回は中に入るつもりはなく、中庭を門の外から、ただ写真に収めるだけでしたが…。

 

 

 

あららら…。もう閉まっている!!

 

草野家に行くときに通った時間には開いていたのに…。

 

まだ、4時半を過ぎたばかりです。

後で調べてみると5時まで開館とありました。

人が少ないからかしら。

 

門が開いているときに、外観の写真を撮ればよかったです。

 

因みに、広瀬家からは、幕末の私塾咸宜園(かんぎえん)を開いた広瀬淡窓(1782~1856)という儒学者が出ています。

(ここは、広瀬淡窓の実家です。)

 

 

次に、行きたかったのは日本丸館。

江戸時代から、昭和にかけての様々なお雛さまが展示されているとのことでしたが…

ここもアウト。

ここは、4時半まででした。

 

このままでは、満足できません。

 

 

「せっかく来たのに、2か所じゃ物足りないね。もう1軒は見たい…」

と、パンフレットを見て、5時まで開いていそうなところを調べます。

 

パンフレットで、まだ開いている施設はないかと探し、4時45分までに入館可能という、いうおひな御殿を見つけ出しました。

 

せっかく来たのだから、もう一か所くらいは、見なくちゃね。

 

 

時間は4時40分過ぎ。

「あ…ひな御殿が5時まであるよ。ここに行こう。」

 

娘と私は、急に早足。

いや、小走りか…。

だんだん、普通に走る…。

 

ひな御殿は、草野家の近く。

 

何と言ったって、日本丸館がちょっと離れていたので、もと来た道をしばらく歩かなくてはいけません。

 

 

 

ひな御殿に着いたときは、4時45分を過ぎて入り口を締めかけていましたが、滑り込みで見せていただけました。

 

何が幸いするかしれません。

 

 

 

と、いうのが…

 

 

なんと…ここが、圧倒されるほど素晴らしかったのです。

 

当初、見学の予定を入れていなかったけど、ここを訪れることが出来て本当に良かったです。

 

 

正式には「ひな人形ミュージアム  ひな御殿」というのですって。

 

ここは味噌・醤油のお店である「日田醤油」のミュージアムで、日本最大級の約4000体のひな人形が展示されています。

 

「日田醤油」も、やはり江戸時代からの老舗のお店です。

天保14(1843)年に3代目当主が全国のお雛様を収集したのが始まりとのことです。

 

写真撮影をしていいとのことでしたので、写真を撮りまくりましたが、私の腕がよろしくありませんで(苦笑)、写りのいいのだけアップしますね。

 

 

聴いててよかったRKB

でなく、行っててよかったおひな御殿。

(このフレーズ、福岡の人しか分からないかも…。)

 

10分では、見きれないほどのたくさんのお雛さまでした。

 

 

それでは、皆さんも圧巻のお雛様をどうぞ。

 

世界に一つだけの、醤油瓶のお雛さま。

 

 

このタイプのお人形は、私のお雛さまにそっくり。

コンパクトで可愛らしいところが好きです。

 

お部屋いっぱいに所狭しと飾られている、おきあげのお雛さま。

 

器量よしのお雛さま。

ふたりならんですましがお~♫  そのものですね。

 

このお雛さまは、有職雛(ゆうそく)という、公家の装束を正しく再現したお雛様です。

 

前にいる動物は犬張子(いぬはりこ)とも犬筥(いぬばこ)とも言われ、室町時代以降、出産のお守りとして、うぶ室に置かれたり、幼児の息災を祈るためにその枕元に置かれたりしたそうです。

 

 

 

元禄雛

小型のお雛さまで、男ひなの冠が頭と共作りとなっています。

 

 

有職

地味な色の装いですね。

 

享保

享保びなの特徴は面長な顔立ち。

女性は十二単、男雛は太刀を持っています。

 

見栄っ張り雛

享保時代に作られたのお雛様。

お雛様の袖が長く大きく見えて、模様は唐獅子と、豪華に見えるように作られているのですって。

 

オーソドックスな、段々のお雛様。

お道具が沢山ありますね。

 

圧巻!

大広間いっぱいの、超巨大なお雛様。

20畳?それ以上?

 

度肝を抜かれました。

お道具もいっぱい。

何組あるのかしら。

 

奥行きがあり過ぎて、もはや、お雛様の顔がハッキリと分かりません。

豪華絢爛とは、このお部屋のお雛様のためにあるような言葉みたい。

 

 

ミッキーのお雛さま。

可愛い!!

 

これは、アンパンマン!!

 

ポスターに載っているお雛様。

きりょうよしですね~。

 

人間国宝の人形師 原米洲さん(1893~1989)が作ったお雛さま。

昭和の作品です。

 

これは、大正時代のお雛様。

屋根がありますね。

 

配列が面白い。

あれ、お内裏様はどこ?!

 

私の生まれたころ…昭和○○年ころは、このようなお雛様が流行っていた、と母が言っていました。

 

おきあげの羽子板。

布が豪華ですね。

 

 

最後の平成の作品を。

 

藤巧

 

こもれび

 

浜辺のWedding

 

平成時代の作品も、独創的でうっとりしました。

「こもれび」なんか、うららかな初夏に、庭を眺めながら、お酒を酌み交わす…そんなほほえましいお内裏さまとお雛さまを想像します。

 

 

いかがでしたか。

うんうん。

気分はほとんどお姫様?!(笑)

 

 

 

 

最後のおひな御殿は、圧倒されたボリュームの展示であるにもかかわらず、10分余りの駆け足での見学でした。

 

駆け足で残念と思いきや、なんと、ここは通年展示しているとのこと!!

 

ぜひ、この近くまでいらっしゃる時は、足を運んでみて下さいね。

 

翌日は土曜日。

多くの人で賑わってほしいなと、心から思いました。

 

この後は、スムーズに帰宅しましたよ。

次はどこに行こうかな。

家族の都合とお財布と相談です。(笑)

 

 

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

日田日帰り旅行 その2 霊験あらたかな高塚愛宕地蔵尊…高塚に行けば何かが変わる!!

 

前回は、私が高塚愛宕地蔵尊を参拝する理由についてお話しました。

 

そして、高塚愛宕地蔵尊と日田のお雛さまを巡る日帰り旅行を計画していたけれど、当初のタイムスケジュールから2時間半遅れて、日田のバスセンターに戻ってきたお話もしましたね。(笑)

 

 

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今日は、その日のエピソードを交えながら、高塚愛宕地蔵尊(以下、高塚さまとも書きますね)のご紹介をしたいと思います。

 

 

言い伝えによれば、奈良時代天平12(740)年に行基(668~749)というお坊さんが聖武天皇(701~756)の命で筑紫国に行ったそうです。

 

その時に、高塚に寄ったとのこと。

 

そして、ここで地蔵菩薩を念じていると、東南の方向の銀杏の枝に金色の光がかかるのを見たそうです。

 

それで、夜が明けて、その銀杏の木に従者が上ったところ、3個の宝珠を見つけたとのことです。

 

とても古い話ですね。

もう1500年も前のお話ですよ。

霊験あらたかなのもよく分かる感じ。

 

前回もお話しましたが、自動車で行くときは大分自動車道を通ります。

 

日田を過ぎて、しばらく高速道路を走り、深い山が切れてきたと思ったところに高塚のインターチェンジがあります。

 

ぱっとみたところ、高塚愛宕地蔵尊の他、何もないよね…、という感じです。

(あたらずと雖も遠からずかしら…笑)

 

今でも、そういう印象ですから、昔の人は人気のない奥深い山の中を歩き続けて、どこまで歩いたら人里があるのだろう、と不安に思ったところに高塚愛宕地蔵尊門前町が見えて、ほっと一息つく…

 

こんな光景が目に浮かびます。

 

 

 

 

さて、バスを降りてから、階段を上っていきます。

 

 

 

 

鐘堂

ここで、鐘を突きます。

 

力強く鳴らしたかったのですが、優しく心を込めて鐘を突くように…書いていたので、優しく鳴らすと、あまり音がしませんでした。

ほどほどに、鐘の音を鳴らしたかったのに、難しいものです。

 

 

焼香堂

その後、蝋燭とお線香を買って、香炉にお線香をお供えします。



煙を体に浴びると、体の悪いところが良くなると言われています。

煙よ、こっちへ来い…。(笑)

 

そして、更に階段を上ると、拝殿があります。

左側の赤い建物は、神楽殿です。

 

 

さあ、拝殿のところまで上ってきました。

 

境内の配置が分かりやすい地図がありましたので、写真の場所が、どこにあるか、参考にしてくださいね。

 

 

 

拝殿の前に出たので、手を合わせます。

 

 

拝殿、奥が神殿

参拝のための鈴がありますね。

拝殿、神殿という呼び方も…。

神仏習合の名残でしょうか。

 

いつ行っても参拝客がいっぱいなのですが、この日は、ウイークデーだったからでしょうか…

参拝客はあまりいなくて、閑散としていました。

 

ところで、拝殿や神殿の側面に、便箋くらいの紙がたくさん張り付けられているのが分かりますか?

 

紙の大きさは、どれくらいでもいいのですが、自分の名前と住所を書いて、願い事を歳の数だけ書いて、貼り付けるのです。

 

この日も、この紙が所狭しとぎっしり張り付けられていました。

 

願い紙

今回、私も自分の歳の数だけ、○○回、書いて持っていきましたよ!!

 

お願い事が、あまりにも多すぎて…正直自分のことを書きたかったのですが…(苦笑)

 

考えに考えた末、「家内安全、無病息災」と書きました。

これなら、家族全員入りますものね。

(自分のことの願いの1つに、健康診断の再検査について…悪ければ入院して手術…のお願いがありましたが、おかげさまで、先週の検査で改善されていることがわかり、ホッとしました。)

 

 

奉納地蔵

神殿背後のお地蔵さん。

凄い数ですね。

 

この崖の下に一念洞というトンネルがあって、トンネルの中にもお地蔵さまが沢山奉納されています。

 

 

お抱え地蔵

お願いごとをしながら、お地蔵さまを抱きかかえます。

結構重いです!!

 

いつもは、このお地蔵さまをお抱えするための行列になっているのですが、この日は並んでいる人はいませんでした。

 

 

 

ご霊水

ペットボトルに汲んで持って帰ることが出来ます。

 

少しだけ汲んで、飲ませていただきました。

味の方は…分かりませんね。

おいしいんだと思います。(笑)

 

 

恵の玉
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これをなでて、お祈りします、

 

 

 

本殿向かって、左側にもお地蔵さんがずらずらずら~。

 

崖の上にもお地蔵さん(前述の神殿背後のお地蔵さん)が、ずらずらずら~。

 

中央のトンネルは、これも先程でてきた一念洞。

 

 

水かけ地蔵

一念洞に向かって右側にある水かけ地蔵。

乾燥しているようなので、お水をいっぱいかけてあげました。

 

三蔵さん

一念洞の入り口に、いらっしゃる可愛らしいお地蔵さん。

 

 

 

一念堂のなかにもたくさんのお地蔵さまがずらずらずら~。

閻魔大王さまにもお会いできます。

 

このトンネルを出たところは、社務所とお守り売り場になっています。

 

ここで、家族全員の身守りを買って、絵馬を奉納しました。

 

娘は、おみくじを引いて大吉が出たと喜んでいましたが、私は小吉。

 

これを木に括り付けて引き取っていただいて、もう一度引いてみると又もや小吉。

 

小吉でも吉だから、ありがたいといえばありがたいのですが、今回は内容がしんどく感じられたので、こちらも木に括り付けて、引き取っていただきました。

 

 

これで、一通りのお参りを終えたので、バス停に戻ります。

バス停までは、長い階段を下りていかなければなりません。

 

 

 

ご神木の銀杏の木

階段を下りる途中に、ご神木の銀杏の木があります。

乳銀杏ともいわれ、宝珠が見つかった木だそうです。

このご神木の傍のお地蔵さまにも手を合わせました。

 

 

 

ご神木の銀杏の木、高いなぁ。

 

「銀杏の木に触れて、パワーをいただいてください。」

と書かれていていたので、ちょっとだけなでさせていただきました。

 

行基菩薩腰掛石

銀杏の木の横にある行基菩薩腰掛石。

行基さんが腰かけて、瞑想でもしたのでしょうか…。

 

バス停までは、さらに降りていきます。

 

いつもは賑やかなのに、本当に誰もいない。

お店もしまっている店が多い。

ウイークデーに行くと、お店を巡る楽しみはないけど、のんびりできるので、かえって狙い目かも。

 

私も、こんなに人が少ない高塚さまに来たのは、初めてでした。

 

 

だいぶ降りてきましたよ。

振り返ると、この結構長い階段を上っていたのですね。

私たち、頑張ったわ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は一番早いバスがくるまで2時間近くあったので、ゆっくりと参拝しました。

 

 

 

 

前回、湯布院行のバス(高塚を経由する)が満員で乗れなかった、と書きましたが、少くとも高塚さまに行く人でいっぱいだった、ということではなさそうですね。

 

やはり、湯布院に遊びに行く人が多かったのでしょう。

(湯布院は風光明媚な温泉地です。)

 

 

こうして、私たちは、一日4便しかないバスに乗って、日田のバスセンターに戻りました。

 

日田に戻った時間は、2時半。

 

湯布院行きのバスに乗っていたら、12時には日田に戻っていたはずなので、2時間半も遅くなってしまいました。

 

高塚でゆっくりした分、お雛さま巡りは駆け足です。

 

次回は、もう端午の節句も過ぎますが、このブログでは日田のお雛さま巡りのお話をしますね。

(いつものことながら、タイムラグがありすぎる…苦笑)

 

 

 

 

最後になりましたが、わたしの拙い記事より詳しい、本家本元のホームページがありますので、リンクを貼ります。

 

takatukasan.com

 

 

そうそう、前回のお話の補足ですが、高塚さまに救っていただいたという話は、私の周りでは、ちらほら聞きますよ。

 

今回の私の健康診断の再検査の結果も、そうだったのでしょう。

 

 

 

あなたも高塚に行けば、何かが変わる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かもしれません。

 

 

 

今日も…日日是好日

 

日田日帰り旅行 その1  わたしが高塚さまへお参りする理由。


f:id:gracedusoleil2525:20240312173147j:image高塚愛宕地蔵尊の拝殿

 

先日、日帰りで、大分県日田市の高塚愛宕地蔵尊(以下、高塚さまと普段の呼び方に変えることもある)と、江戸時代からの街並みが残っている豆田町の雛祭りを見に行きました。

 

今日の記事は、この時のお話しです。

 

日帰り旅行なので、一つにまとめようとも思いましたが、高塚愛宕地蔵尊を参詣し始めた理由について一記事、神社仏閣の紹介として一記事、豆田町のお雛さま巡りを一つとつの記事で完結させたかったので、三回に分けてお話したいと思います。

 

前回の、長崎ランタンフェスティバルの話が、日帰り旅行であるにもかかわらず、非常に長い文章になったので、その反省も込めています。

(あの記事は、どこで分割させていいか、分からなかったもので…苦笑)

 

 

 

そもそもは、娘が、

「日田のひな祭りを見たことがないので行ってみたい。」

と言ったのが始まりでした。

 

近隣では、大分県日田市の雛祭りは、有名です。

 

 

そもそも、日田の雛祭りには行った事がない訳でなく、小さい頃連れて行ったことがあるのだけれど、全く覚えていないそうな。

(幼稚園に入る前だったから、仕方がないのかなぁ?)


f:id:gracedusoleil2525:20240312173408j:image

日田まつり振興会のパンフレット

 

「お母さん一緒に行く?」

「う~ん、高塚さまなら行ってみたいけど…」

という事で、日田の高塚愛宕地蔵尊参詣&おひな様巡りをすることにしました。

 

実は高塚愛宕地蔵尊には、お願いしたいことがたくさんあって、今年は行ければぜひ行きたいと思っていたところでした。

 

 

もともと、高塚愛宕地蔵尊へは、一時期、毎年のように参拝していました。

が、最近はもう10年くらい行っていませんので…。

 

 

なぜ、私が毎年のように参拝していたかといいますと…

 

 

 

皆さんは、赤ちゃんがかかる癌である神経芽細胞腫という癌をご存じでしょうか?

0歳児がかかる確率が高い癌です。

 

もう、20年以上昔の話なので、具体的には覚えていないのですが、検査で癌にかかった可能性を示す何かの値が高いと判断されると、お腹の中を切ってその部分を摘出します。

 

ところが、その値が高くても、必ず癌にかかっているとは言えないそうなのです。

 

で、その頃は、都道府県によっては、同じ検査を中止するところも、ぼつぼつと出始めていた…

そういう時でした。

 

私の住んでいるところは、残念ながらまだ同じ検査が続いていていて、値が高かったらとりあえず手術をして、悪いところがなかったら、そのまま縫合する…

そういうシステムになっていました。

 

悪くなくても、とりあえず手術をする…

今から考えればぞっとする話です。

 

ここまで書くと、もうお察しでしょうが…

 

娘がこの検査に引っかかったのです。

何気なく検査の結果を見ると、!!!

 

当然再検査です。

再検査の結果もアウト。

もう、この時点で、気も狂わんばかりでした。

 

再検査までは、日赤で行いましたが、この後の精密検査は国立がんセンターで、行うことになりました。

 

国立がんセンターでは、同じ検査をもう1回(3度目ですね)と、赤ちゃんに眠り薬を飲ませて、眠っている間にレントゲンを撮るというものでした。

 

病院の先生からの説明では、

「同じ検査だから、再検査で引っかかるのは当たり前なんです。」

 

これは、納得。

 

「レントゲンでは、異常ありません。でも、今の制度では、再々検査に引っかかったら、やはり手術して、悪いところがないか調べることになります。」

 

悪いところがなくても手術なんて、どうにも納得できませんでした。

 

そして、再々検査の結果が分かるまで、毎日心配な日が続きました。

次女の顔を見ては、健康体かもしれないのに、こんな小さい子のお腹を切るなんて…と涙があふれてきます。

 

検査の結果が出るまで、2週間ばかりだったでしょうか。

 

その待ち時間、ふと友達の言葉を思い出したのです。

 

その友達の妹さんが癌になったそうです。

その妹さんは、まだ就職したばかりだったと思います。

で、友達のご家族は、その妹さんのために大分の高塚地蔵尊にお参りをすることにしたそうです。

「高塚さまって、病気には霊験あらたかだもんね。」

それも、月に4回!!

 

福岡市内から、高塚愛宕地蔵尊まで、高速道路を通って片道3時間です。

 

 

日田のインターチェンジを過ぎて、しばらく高速道路を走ると、深い山が切れてくるところがあります。

 

そこに高塚のインターチェンジがあります。

ぱっとみたところ、高塚愛宕地蔵尊の他は、何もありません。

 

もう少し走れば湯布院です。

 

そんな遠いところに、毎週お参りに行くなんて、友達一家の切実な思いが伝わってきます。

で、なんとその後、その妹さんの癌は治ったそうで、今は2児の母親となっています。

 

この話を思い出した時、もう、私も居ても立っても居られない気持ちがしました。

 

「私も高塚に行く!!」

 

決心はしたけれど、そこはペーパードライバーの悲しいところ。

運転手がいなければ。

 

夫に電話をしました。

「次女ちゃんのために、今から高塚さまにお参りをしたい。」

「え~!! 今から?!」

「お願いお願いお願い!! すぐ帰ってきて!!」

もう必死でした。

 

今から思えば、突然午後休を取らせるのですから、思い切り無茶を言っていますね。

夫には、感謝感謝です。

 

その後は、長女を実家に預け、夫とともに高塚にお参りしました。

 

時間は、もう夕方でした。

 

家に帰った時間は、覚えていませんが8時を過ぎていたような気がします。

迎えに行ったとき長女は、実家で既にお夕飯を食べ終わっていました。

 

 

 

これからが、不思議な話です。

 

検査結果を聞くために、またまたがんセンターに行きました。

 

すると…

 

なんと、癌にかかっているかもしれないことを示す何かの数値が正常値に下がっていたのです。

 

病院の先生が、

「不思議だなぁ。普通、同じ検査だから何度しても、値が変わらないのが当然なのです。でも、良かったですね。」

 

体から、力が抜けていくのが分かりました。

そして、じんわり涙が出てきました。

 

 

今は、この検査、精度が低いということで、取り止めになっているそうです。

 

それにしても、検査結果が分かる前に、高塚さまに行って本当に良かった、と心から思いました。

 

夫よ、無理を聞いてくれてありがとう。

 

それから、私達は、家族で1年に1回は高塚さまにお参りして、そこのお店の美味しいおうどんを食べて帰ることが習慣となりました。

 

これは、何所に転勤しても変わらず。

 

最近は、家族全員の都合がつかず、とんとご無沙汰していました。

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

さて、話を現代に戻しましょう。

 

突然日田に行くことになり、私と娘は、タイムスケジュールを立てました。

旅行は、土日の休みがとりにくい娘のために、ウイークデーに行くことにしました。

 

夫が一緒でないので、公共交通機関を使って行きます。

 

出発は天神(福岡市の市役所があるところ)から。

 

天神バスセンターから湯布院行きの高速バスに乗り、高塚で下りる。

高塚でお地蔵さまに参拝してから、高塚から1日4便しかないバスに乗って日田の市街地に行く。

日田の市街地…主に豆田町を中心に…でお雛さま巡りをして、福岡行きの高速バスに乗って戻る。

 

 

ざっと、こんなところでしょうか。

 

 

今回も、色々ハプニングがありましたよ。(笑)

 

 

最初、天神から、朝8時台の湯布院行きの高速バスに乗って、高塚に10時半ごろ到着予定だったのですが…

(湯布院は大分の代表的な温泉です)

 

なんと、全席うまっているではありませんか?!

 

ウイークデーだし、湯布院行きは、田舎だからガラガラだろうと思って、要予約と書いていたけれど当日の予約で間に合うだろう、と油断していたのです。

 

しかも、次の便は空いているかしら、と問い合わせてみると、

「本日は空いている便はありません。」

ですって。

(因みに、湯布院行きの高速バスは2時間に1本しかありません。)

 

未だに、どうして、この日こんなに予約が埋まっていたのか、さっぱり分かりません。

イベントもなさそうだったし…。

 

湯布院って、そんなに人気があるのかしら?

 

急遽、娘と相談して、日田行きのバスに乗り、そこから高塚へ行くことにしました。

 

9時半   日田行きの高速バスに乗る。

10時半    日田バスターミナルに到着。

12時   日田バスターミナルから高塚を通るバスに乗る

12時半  高塚に到着。

(分かりやすく30分単位で、書いています…笑)

 

日田バスターミナルから高塚経由のバスは、1日4本しか運行しないので、乗り遅れたら、高塚は諦めよう…、ということで、話がまとまりました。

 

そして、天神のバスターミナルを無事出発したのですが…。

 

どうしてどうして、私達が行くときにハプニングがこんなにも、おこるのでしょうかしらねぇ…。

 

九州自動車道で、事故があって渋滞とのこと。

バスは、止まったりのろのろしたりして、遅々としてしか進まない。

 

やきもきしましたが、どうにか、11時半に日田のバスターミナルに着くことが出来ました。

 

よかった~。

どうにか、そのあと、1日4便しかないバスに乗ることが出来ました。(笑)

 

高塚へは、予定通り12時半ごろ到着。

帰りは、この1日4便しかない…しつこい…笑…バスが2時に高塚を通るので、このバスに乗って日田の市街地に戻ることにしました。


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日田バスターミナルから、高塚まで20余りの停留所があったけど、高塚に着くまで乗り降りした人は私達だけでした。(笑)

 

 

本来予定していた湯布院行きの高速バスに乗れたら、12時には日田のバスターミナルに戻っているものを…

お雛さま巡りは、予定より、2時間半も遅れて開始することになりました。

 

 

つづく。

 

 

 

 

今回は、なぜ、高塚に行きたかったかというお話と、高塚に到着するまでのあれやこれやをいれてお話したので、話のまとまりが悪くなりました。

 

すみません。

 

 

しかし、これで、次回は高塚愛宕地蔵尊について神社仏閣紹介スタンスで、投稿できそうです。(笑)

 

次回も、どうぞ、このブログにおいで下さいませ。

お待ちしております!!

 

 

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

旧正月を祝う長崎ランタンフェスティバル…ずさんな計画でハプニングだらけの見学?!

ランタンフェスティバルの点灯式のあった湊公園

 

 

先月の2月10日(土)に、中国の旧正月春節)を祝う行事としておこなわれる、2024長崎ランタンフェスティバルに行ってきました。

 

 

ランタンフェスティバルは、もともと、長崎の新地中華街で「春節祭」として、始められていましたが、今は規模が拡大して、長崎の冬の名物行事となっています。

 

夜は町のあちらこちらに飾られた中国ランタン(中国提灯)に灯りがつき、街中に幻想的な光景が広がります。

 

今年は、コロナの流行が下火になって、4年ぶりの開催という事で、1万5千個ものランタンが飾られたとのことです。

 

 

 

もともと、長崎ランタンフェスティバルには関心があり、いつか行ってみたいと思っていましたが、なかなか行けなくて、やっと今年行くことが出来ました。

 

しかし…

 

結果を先に言うと、フェスティバルは楽しめたものの、適当な予定を立てていったので、ハプニングが多かった旅行となりました。(苦笑)

 

 

 

今回は、フェスティバルの写真と共に、ハプニング満載の旅行のお話をお読みください。

 

 

1月下旬。

今年はにランタンフェスティバルが開催されるという事を知り、今年こそは見に行ってみよう、と計画を立てました。

しかし、当初、予定していた日(立春)には、家族の都合が合わず、結局1週間後に変更。

 

まぁ、これについては、それでよかったのです。

…と言うのは、もう、高速バスのチケットをとり終わってしばらくして知ったのですが…

当初予定していた日は、まだフェスティバルは始まっていなかったのです!!

 

これが、まぁ、いうなれば最初のハプニング。(笑)

 

ずさんですねぇ。

 

いつから始まるのか、全く考えていなくて、

「うんうん立春からだよね。」

(恥ずかしながら、立春旧正月は、同じ日と思っていました。)

くらいにしか考えていなかったのです。(笑)

 

 

それから幾日たち…、

娘が、

ランタンフェスティバルの点灯式を見たい。」

と言う。

 

 

同じ頃、新聞でも旅行会社のランタンフェスティバル見学ツアーが嫌でも目に付くようになりました。

 

ふむふむ、旅行会社のツアーは、どうなっているんだろう、と見ていると、ある旅行会社が「夜、変面ショーにご案内」とある。

 

変面ショーとは、中国四川省伝統芸能で、お面が瞬時に何枚も変わるという劇です。

その仕掛けは、国家機密だそうです。(おぉ!!)

変面について – 【公式】長崎孔子廟・中国歴代博物館ウェブサイト

 

 

変面ショーを見たい!!

 

この旅行会社の広告を夫と娘に話すと、あえなく却下。

「ツアーだったら、飾りつけした夜の街をゆっくり見学していられないよ!!」

 

 

がっかりしていると、出発の前々日くらいに夫が、

孔子廟で、2時から無料で変面ショーをするんだって。」

と、教えてくれました。

 

灯りがともっていない時間なら、ありがたい。

 

まず、お昼ごろ長崎駅に着く。

それから、軽くお昼ご飯をとって、孔子廟へ変面ショーを見に行く。

次に、点灯式まで時間があるので稲佐山にのぼる、

戻ってきて、点灯式を見る。

その後は、ランタンの飾りつけが美しい場所を見ながら駅に戻り、最終の高速バスに乗って帰途に就く。

 

こんなものかな、とざっくりスケジュールを立てました。

 

 

 

ということで、いよいよ長崎へ出発。

 

家を出て、高速バスに乗って…

というところまで良かったのですが、この日は三連休の最初の日。

高速道路に入ったはいいけど、なかなか渋滞で前に進まない。

 

ちょっと、ニッチな話になりますが、もともと九州自動車道は、長崎自動車道大分自動車道が交差する鳥栖ジャンクションまでは、休日は渋滞しやすいところです。

 

それが、3連休の最初の日だったので、更に渋滞していたという訳です。

 

結局、終点の長崎駅に着いたのが30分遅れ。

 

これが計算違いの2つ目です。

 

しかし、臨機応変

ここで、予定を変更しました。

 

お昼ごはんは、変面ショーの跡で食べよう!!

それで、長崎駅でトイレに行って、ちょっとしたつなぎで食べられるパンなどを買って、観光案内所によって、路面電車で、孔子廟に行くことにしました。

 

 

下の写真は、ランタンフェスティバルの会場案内図です。

2024年長崎ランタンフェスティバル会場案内図を拝借して、ちょっと書き足しました。

ここはどこだろう、と思う時に見て下さいね。

因みに、地図は左側が北の方向で、縦(東ー西)が約2㎞、横(北ー南)は約2.4㎞です。

長崎駅

孔子廟・中国歴代博物館

長崎新地中華街

④唐人屋敷

眼鏡橋

⑥中央公園

 

 

さあ、長崎駅から出発です。

 

長崎駅

駅でもお祭り気分が味わえますね。

 

駅の入り口のオブジェ。
金色で、おめでたい雰囲気満載!!

 

 

路面電車で行くと、孔子廟には新地中華街で、乗り換えをしなければいけません。

新地中華街では、降りる人も、乗る人もすごく多い。

それで、哀しいことに乗り換えの電車が来ても、全く乗れない。

一つの電車を乗りすごすと、次の電車まで10分近く待たなければいけません。

 

孔子廟へ行く電車は、有名な観光地であるグラバー園や、大浦天主堂へ行く電車と同じ電車なので、そういう意味でも人が多かったのでしょうね。

 

電車を待っている行列をみると、いつまでたっても乗れそうにありません。

 

そこで、娘が、

「ねぇ。歩いて15分くらいなら、歩いていこうよ。」

と言う。

 

そうだ。

このまま電車に乗っても、変面ショーが始まる2時ぎりぎりだ。

歩いたら、1時55分にはつく。(新地中華街にいるこの時点で、1時40分)

 

そこからは、即決でした。

「どうせ、変面ショーは立ち見だろうけど、歩いていこうか…。」

 

そこで、電車待ちの行列から外れて、速足で歩きだしました。

 

長崎新地中華街

新地中華街入り口

孔子廟へ行くには、ここを通り過ぎます。

 

 

 

 

一年前に長崎に行ったので、なんとなく覚えのある道を、速足で孔子廟まで歩いていきました。

 

歩いて行ったら、孔子廟の前は人だかり。

「なんだか嫌な家な予感がする。」

と、夫が言う。

 

恐る恐る近づいていくと、なんと、変面ショーは見学者の受付がすでに終わっていて、ショーが終わるまでは孔子廟の中に入れないようになっていたのでした!!

 

2時から始まる変面ショーでしたが、1時半には締め切られたとのこと。

長崎駅について、すぐに孔子廟に行けばよかったのかもしれません、

早い人は、朝の10時ごろから、並んでいたのですって。

 

孔子廟・中国歴代博物館

中に入れたら、ここで変面ショーが見られたはずでした。(苦笑)

 

 

 

この後は、急いで歩いた後でもあったので、その疲れが倍増して、とぼとぼともと来た道をまたまた歩いて戻りました。

「早めに行かないと、見ることが出来ないんだねぇ。」

この教訓を胸に、,点灯式は早めに行こうという事で意見が一致しました。

 

この後は、大波止で遅めのお昼ご飯をとって、点灯式前の新地中華街をぶらぶら。

 

大波止の船着き場

 

 

点灯式は、中央公園と新地中華街の湊公園の2か所で行われることになっており、中央公園の方が広そうなので、中央公園で見ようという事になりました。

 

ところが、いざ、湊公園の点灯式の会場を見ると、それはそれは素晴らしい。

この、オブジェが点灯したら美しいだろうなぁ。という事で湊公園の点灯式を見ることにしました。

 

長崎新地中華街

湊公園の入り口付近

 

中にはいると‥

明るい時間の点灯式会場。

これらのオブジェが点灯されたらきれいでしょうね。

 

 

この時点で、午後4時です。

 

 

 

点灯式は5時半からあるので、遠くには行かないですぐ近くの唐人屋敷の会場を巡ることにしました。

 

唐人屋敷で、行ったらいいと言われているところは4か所。

土神堂、天后堂、観音堂、福建会館。

しかし、あまり遠くまで見学に言っていたら、人込みで点灯式が見られなくなるかもしれないので、孔子廟の教訓から、唐人屋敷のなかでも湊公園に一番近い土神堂だけ、行ってきました。

(あらら?!写真がない!! なぜか、土神堂の写真をとっていないみたい!)

 

④唐人屋敷

唐人屋敷への道はは、なだらかな坂になっています。

 

唐人屋敷跡の碑。

 

 

 

 

 

4時45分には、湊公園に戻ってきたのですが…

 

 

何となく広場も入り口辺りが混雑している。

 

な、なんと、タッチの差で、入場制限がかけられたのでした!!

 

これまた、痛恨のミス1!

 

要は広場から、離れなければよかったのでしょうが、じっとしていることが苦手な私たち家族。

 

仕方なく点灯式は、公園の外から、見える所だけ見ることになりました。

(前掲の湊公園の入り口付近の写真の近く)

 

入場制限のしきりとなっているロープのところに立っていると、この人込みをかき分けて、来賓の人が次々と中に入って行く。

 

恨めしく思いながら、その人たちを見ていました。(笑)

 

③新地中華街

ふっと振り返ると、点灯式を待つすごい人、人、人!!

 

 

点灯式は、まず、慰霊のお経があげられ、来賓の挨拶、そしていよいよカウントダウンとなるのですが、その時、まともやハプニングが。

 

といっても、今度は私達ではありません。(笑)

 

カウントダウンが終わる前に、点灯されたのです。

会場は、ドッと笑いの渦に包まれました。

 

点灯されてからは、来賓のための椅子が片付けられ、公園の中に入ることが出来ました。

人込みは相変わらずだったけど‥。

 

それにしても、色々なオブジェに点灯されている会場は、なんと華やかなのでしょう。

人込みでも、キラキラと別世界に来たようでした。

幻想的と言いたいところですが、この人込みでは、そういう世界観は望めませんね。(笑)

 

 

正面では、龍踊り(じゃおどり)をしています。

もともとは、五穀豊穣を願う雨乞いの神事だったそうです。

 

 

娘が、「建物の中が凄いよ。」

と言うので、建物の中にも入ってみることにしました。

 

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天井から、つるされたランタンが華やかです。
オブジェは、誰だか忘れましたが、少なくとも下の写真は、中国の4美人と記してあったひとりです。(楊貴妃、西施、王昭君貂蝉

これは、誰だったかなぁ…。

 

 

 

 

 

この後は、新地中華街の商店街を突破し、眼鏡橋へ行きました。


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暗く映っているので、よく分かりませんが、中華街のアーケードの中は、押すな押すなの凄い人込み。

あまりの人込みで、屋台がいっぱい出ていましたが、ものを買うことすらできない。

まるで、お正月の太宰府天満宮みたい。

行ったことないけど、お正月の明治神宮もこんな感じかしら。

 

 

新地中華街の入り口に戻ってきました。

川に映る、灯りが幻想的。

 

昼は、こんな感じでしたよ。


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中華街入り口付近のオブジェ。

 

 

それから、私達は、眼鏡橋を経由して、中央公園に行きました。

 

眼鏡橋

新地中華街に比べると、ちょっとおとなしめで、上品な感じ。(笑)



 

 

ふぅ、やっと場中央公園に着きました。

➅中央公園

この屋根の下で、皆さん飲食を楽しんでいます。

中央公園も、天井からつるされる淡々が色鮮やかで素敵ですね。

 

孫悟空のオブジェ。

 

➅中央公園

中国の虎と言うと、いつも中島敦の『山月記』を思い出します。

 

二胡の演奏もありました。

二胡の生演奏を聴くのは初めてでした。

ザ・中国と言う音色です。

 

 

 

 

 

ランタン巡りはこれで終了。

 

 

最後に、もう一度地図を出しますね。

長崎駅

孔子廟・中国歴代博物館

長崎新地中華街

④唐人屋敷

眼鏡橋

⑥中央公園

 

 

 

 

 

そのあと、バス停前のコンビニで、軽くお夕飯になるものを買って、バスに乗って…

 

と言うところで、最後のハプニングが !!

 

夫が、バスに乗る時に思い切り躓いたのです。

どさっと、正面から倒れたのです。

リュックなので、両手をつくことができたのが不幸中の幸いでした。

 

と言うのが、長崎のバスは福岡のバスに比べて、乗る時のバスの段差が高いのです。

下を見ないでバスに乗ったのでしょう。

疲れもあり、注意力が散漫になっていたのだと思います。

 

結果としては、大したことはなかったのですが、派手にこけてしまったので、ヒヤッとしました。

 

 

このあとは、長崎駅の戻り、高速バスの最終便に乗って、福岡に帰りました。

 

長崎駅

中央の、駅の上に浮かんで見えるのが稲佐山

稲佐山から見る長崎の夜景は、素晴らしいんですよ!!

 

 

 

 

 

 

最終的に家にたどり着いたのは、もうすぐ日付が変わるという時間。

 

次の日は、ぐったりしていました。

 

因みに、その日のお夕飯は、水炊き。

お買い物に行くパワーも、いつものようなお夕飯を作るパワーもないだろうなと思い、材料を前もって買い揃えていて正解でした。

鍋は簡単ですものね。(笑)

 

 

 

さてさて、長崎のランタンフェスティバルは、日帰りだし…と甘く見ていたけれど、人込みを計算に入れていなかったのが、ハプニングにつながってしまいました。

綿密な計画は立てなくても、人込みだけは考えながら動かなければ…

 

まぁ、ハプニングはあったけど、これもまた思い出に残る旅行となりました。

 

 

今回は、とても長い記事でしたね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

今日も…日日是好日。ときどき口実。

 

中国語入門者にお勧め…効果的なアプリ活用法

 

 

語学アプリ  デュオリンゴの一部分

 

はじめに

 

皆さん、こんにちは。

今回は、中国語を一から始めた私が中国語の検定試験であるHSK2級(大学の第2外国語を専攻して、1年間勉強した程度の難しさ)を受けるまでの勉強法を、ご紹介したいと思います。

 

中国語を勉強しようと思った時に考えたのが、

 

① お金をかけない

語学を勉強するにはとかくお金がかかるイメージがあります。

主婦である自分は、とにかくお金をかけたくなかった…。

 

② 片手間で勉強できる

だんだん集中力が鈍ってきて長時間の勉強は苦手だから、効率の良い勉強をしたい。

 

③ モチベーションを維持する

楽しみながら勉強したい。

 

 

今回ご紹介するのは、この様なことを考えながら行った勉強法です。

 

 

この記事が、中国語だけでなく、語学を勉強しようとする方にとって、こんな勉強の仕方があるんだと参考になれば幸いです。

 

 

ただ、とにかく早く上達したい方には、向いていない勉強法かもしれません…。(笑)

 

 

 

中国語を勉強したいなと思ったのは、ちょうど一年前です。

私の住んでいる福岡は中国や、韓国、その他のアジア人が結構身近に感じられるようなところです。

また、自分は東洋史や、漢詩が好きだったので、語学なら中国語をしてみよう、何か役に立つかもしれない、と思ったのがきっかけです。

 

 

しかし、まだまだコロナも流行っているので、教室には通いたくない。

できるだけ在宅で勉強したいと思っていました。

 

そこで、語学と言えば、すぐ思いついたのが…皆さんもおなじみのNHKの語学講座。

だけど、哀しいかな。

中国語講座は4月スタートなのです。

 

仕方がないので、インターネットでお勧めの本を探すことにしました。

 

最初お勧めの本を探していたのですが、なぜかオンラインで勉強できるアプリにたどり着いてしまいました。

しかも、それらのアプリは、大部分は、ゲーム感覚で楽しく勉強できる、しかも隙間時間でできる、といううたい文句のアプリがほとんど。

 

そこで、これらのアプリを中心に、勉強することにしました。

 

ほとんどが無料アプリです。

けれども、無料と言ってもそれはある程度までで、内容が高度になったら有料、もしくは一定時間を超えたら有料、文法だけ有料などなど、限定付き無料ばかりでした。

 

 

その中から私が選んだアプリが、まずこれです。

 

 

 

1 基本アプリ  ハローチャイニーズ

 

とにかく、楽しく勉強出来て入門者、初心者におすすめです。

 

発音、文法も丁寧で、すんなりと中国語の世界に入って行くことが出来ました。

イラストあり、効果音ありで、楽しく勉強できたのですが…一定のレベルまで進むと、有料の教材が多くなり、その時点で退会しました。

 

それでも、数か月は、このアプリで勉強しました。

 

www.hellochinese.cc

引用:ハローチャイニーズ公式ホームページより

 

 

 

 

 

2   基本アプリ     デュオリンゴ

 

ハローチャイニーズを退会して、次に利用したのがデュオリンゴです。

 

このアプリは、優れものです。

私が、一番多く勉強時間を費やしたのがこのアプリです。

 

デュオリンゴについては、こぴちょあさん(id:copichoa )がブログで、このアプリの楽しさを喜怒哀楽を交えて、興味深く紹介していらっしゃっていたので、ぜひ使ってみたいと思っていました。

 

こぴちょあさんのデュオリンゴについての直近の記事です。 ↓

copichoa.hatenablog.com

 

そして、親しくさせていただいているちまりんさん(id:chimaring)も、デュオリンゴで勉強なさっていらっしゃるのですって!!

 

ちまりんさんのデュオリンゴについての直近の記事です!! ↓

chimaring.hatenablog.com

 

 

仲良しのブロ友さんが一緒に頑張っているから、とても励みになりました!!

 

 

 

 

さて、このデュオリンゴのアプリについてですが、語学を勉強する人にとっては、メジャーなアプリなのではないでしょうか。

 

このアプリの一番いいところは、CMさえ見れば、無料で最終コースまで進めることです。

中国語の最終コースは、今のところ単語が1000字+αくらい出てくるようです。

 

また、このアプリを使っている世界中の人と友達になったり、競争したりして、モチベーションを上げることが出来ます。

 

さらに、このアプリは中国語だけでなく、色んな語学が勉強できるようになっていて、

実はわたしもせっかくだからということで、英語を一から勉強しています。

 

因みに英語のカリキュラムのほうが、中国語よりはるかに充実しています。

英語のカリキュラムをマスターしたら、英検準2~2級くらい語学力が身に着くと書いていたサイトがありました。

 

 

短所もあります。

 

短所は、文法の説明がないこと。

文法は、よく似た文章がたくさん出てくるので、法則を自分で見つけてね、という事でしょうか。

 

曲がりなりにも、最初ハローチャイニーズから始めてよかったです。

ハローチャイニーズは、文法の説明が丁寧です。

デュオリンゴは、ハローチャイニーズですこし中国語に慣れてから、始めることをお勧めします。

 

また、文法については、NHKラジオ講座に頼りました。

この講座については、後述しますね。

 

 

ja.duolingo.com

引用:デュオリンゴ公式ホームページより

 

 

3   基本アプリ     スーパーテスト

 

ハローチャイニーズやデュオリンゴに似ているけど、面白味というか、ゲーム的要素が全くありません。(笑)

そして、基本の勉強は、一日5分勉強したら、もう先にすすめなくなります。

 

ただ、HSK試験に特化した勉強ができます。

 

しかも、基本のカリキュラム以外なら、単語だけとか、リスニングだけの項目や、HSKの過去問3回分、模擬テスト3回分などが時間制限なしに勉強できます。

もっとも、過去問、模擬テストの無料は、SNSで紹介した場合に限られます。

 

このアプリの優れているところは、とにかくリスニングが充実しているところです。

試験が近づいたら、このアプリのリスニング部分を繰り返し聞いていました。

 

www.hskonline.com

引用:SuperTest公式ホームページより

 

 

4 単語アプリ  HSK公認単語トレーニン

 

私が、唯一課金したアプリです。

HSKの各級ごとに、出てくる単語と、例文が網羅されています。

私の学生時代のシケタン(あ~、わたしの歳が分かる~…(笑)を、音声付きアプリにしたものと思っていただければいいです。

そうそう、いまどきは、キクタンなるものがあるそうな。

 

課金は、たとえば、1級(158語)480円、2級(207語)480円、3級(343語)650円でした。

本を買えば、各級1000円を下らないことを考えれば、アプリは格安です。

HSK公式なので、各級のテストにおける単語のカバーもばっちり(なはずです)

 

因みに、デュオリンゴを最後まで進めて1000文字+αのカバーが出来るので、HSK3級までなら、単語数だけでいうとデュオリンゴだけでクリアできるのですが、このアプリで試験に沿った単語が羅列されているのは心強いです。

 

このアプリも、試験1ヵ月を切ってから、ひたすらBGMのように聞き流していました。

 

 

ch-edu.net

引用:SPRIX公式ホームページより

 

 

5 リスニングアプリ   中国語耳ゲー

 

中国語の発音は独特です。

おなじ、「マ」の発音でも、上がったり、下がったり4つの発音があります。

また、「~n」と「~ng」は、日本人がぼ~っと聴いたら、どちらも「~ん」としか聞こえません。

しかし、微妙な発音の違いがあります。

このような、発音聞き分けのトレーニングアプリです。

 

中国語に耳を慣らすためにはお勧めのアプリです。

しばらく、さぼっていると、聞き取れない発音が多くなるので、そういう意味でも重宝しています。

 

majestech.co.jp

引用:マジェスティック合同会社公式ホームページより

 

 

6 辞書アプリ  手書き辞書中文

 

中文とは、中国語の事です。

中国語は、簡体字など、日本語では使わない漢字も多いので、検索するのが大変です。

 

しかし、この辞書があれば、分からない漢字を手書きで検索して調べることが出来ます。

 

収録単語数が若干少ないとのことですが、わたしのような初心者にとっては、まったく問題ありません。

 

収録してない単語があれば、そのままその文字がオンラインに飛んでいくので、そこで検索できます。

 

人に聞くことが出来ない独学では、このアプリも重宝しました。

 

play.google.com

引用:Google  Play より

(公式ホームページを見つけることが出来なかったので、Google  Play から引用しています。App  Storeにもあります。  )

 

 

 

7 ラジオ講座  まいにち中国語

 

最後に、アプリではないけど、私が毎日聴いているNHKラジオ講座をご紹介したいと思います。

 

そもそも、ラジオ講座を中心に勉強したいと思ったのですが、中国語を始めたのが1月だったので、新しく開講する4月まで待って、ラジオを聞き始めました。

 

昔ながらの正統派の番組ですが、中国語の先生が解説してくださるという事もあり、とても役に立ちました。

 

特に、文法がカバーできます。

 

半年で、一通り終わるのですが、当然1回聞いただけでは追いついていけず、最後の1~2ヵ月は聞かずじまいでした。

今、2巡目を聞いているのですが、こんな私でも4月に聞き始めたことには分からなかったことが、少しずつ分かることが増えてくるから不思議です。

 

 

とはいっても、本当に少しずつなので、2巡目でも、このラジオ講座のレベルはマスターできません。

だから、来年も聞こうと思います。

 

このテキスト代は…もちろん…有料です。(笑)

 

www.nhk.or.jp

引用:NHK公式ホームページより

 

 

 

おわりに

 

いかがでしょうか。

 

私が使った教材を書きだしてみました。

 

アプリで一番使用したのが、デュオリンゴです。

デュオリンゴは、HSKのテストとは関係ないけど、楽しく勉強できるカリキュラムでした。

 

ただ、単語を除いて、私が今回受けたHSK2級が、文法としては限度のレベルかなぁ、とも思っています。

 

しかし、前述のように収録単語数は1000字を超え、楽しく勉強して、気が付いたら、単語もこんなに覚えていたという、ありがたいアプリなのです。

 

だから、最後までカリキュラムを終えた今でも、単語数がそれなりにあるので、覚えた単語を忘れないよう復習するするのに重宝しています。

 

 

 

次は、HSK3級を目指して頑張ります。

 

今度はさすがに、アプリだけでは心許ない。

紙のテキストも、使おうと思います。

 

また、中国語の学習については、YouTubeでも、たくさん発信されているみたいなので、こちらの方もちょっと検索してみたいと思います。

 

 

因みに、語学に限らず、いろいろな資格の勉強のための無料の学習アプリは、結構あるみたいですよ。

 

「この資格、取りたいけどどうしようかな?」

と思われる方は、この様なの無料アプリがあるならば、ちょっとだけ試してみて、

「うんうん、もっと勉強したくなった。」

と思ったら、本格的な学習方法を検討されたらいかがでしょうか。

 

最初から通販とかして高額なお金を払って、ギブアップしたら高くきますものね。(笑)

 

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

 

 

 

中国語検定HSK2級の受験レポート…中国語初心者が頑張りました!!

水鏡天満宮の紅梅が、早くも咲きだしました。

福岡市の繁華街である「天神」は、この天満宮に由来すると言われています。

 

 

 

 

さて、昨年12月に、中国語の検定試験HSK2級を受けました。

 

今回はその試験についてのレポートです。

 

中国語の検定試験は、中検(いわゆる日本の中国語検定)、HSK試験(中国政府公認の検定試験でリスニングと筆記)、HSKK試験(中国政府公認の検定試験で会話)をはじめ、まだまだ多岐にわたります。

 

で、私が選んだのがHSKの試験です。

HSKは、宣伝通りなら、中国語の検定試験の中で、一番人気のある検定試験だそうです。

 

はじめは、中検もいいなぁ、と思っていたのですが、HSKの方がしょっちゅう開催されていて、思い立ってから比較的早く試験が受けられることから、こちらを選びました。

 

で、このように2級って書くと、さぞかし上級でしょうね、と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

 

実は、HSKは中検と逆で、1級、2級…と難しくなっていくのです。

なので、私が受けた2級は下から2番目で、大学生が、第2外国語で1年間勉強して受けるくらいのコースだそうです。

 

 

因みに3級まで、初心者コースと言われています。

 

HSKの試験の申し込みは、オンラインの公式サイトに登録して申し込みます。

 

www.hskj.jp

 

申し込んだら、試験の10日前に、受験票と会場の案内が自分のマイページに届きます。

 

その後は、鉛筆や、身分証明書などを用意して、当日に備えます。

 

 

私が受けた会場は、九州大学大橋キャンパス。

昔の九州芸術工科大学(こういうネーミングの方が馴染んでいると言ったら、私の歳が分かりそうですね…笑)で、今は九州大学の芸術工科学部があります。

 

会場へは、電車で行きました。

 

 

西鉄大牟田線のこんな電車に乗って…

 

 

 

 

最寄りの大橋駅で下りました。

 

大橋駅から九州大学大橋キャンパスまでは、歩いて約10分です。

 

え~っと、行き方は…

あっ、簡単簡単。

大学は、大通りのすぐそばにありました。

 

 

 

朝9時半からの試験で、40分前には会場へ到着。

朝は寒かったので、厚着をしてきて正解でした。

 

会場に着いたら…

 

まだ、建物の中には入れません。

既に、外で待っている人もちらほら。

 

 

皆さん、参考書を見たり、イヤホンをつけて口を動かしていたりしていました。

 

かくいう私もベンチに腰を下ろして、イヤホンをつけてリスニングのおさらいをしていました。

 

待つこと20分くらい?

 

寒さが身に染みるなぁ、と思いだしてきたとき、やっと建物に入ることが許可されました。

 

カイロを持っていって正解!

 

 

午前中は、2級と4級と6級の試験があります。

 

それから、受験票、身分証明書の確認があり、いよいよ教室の中へ。

 

外で待っているときは、大学の大講義室のような備え付けの長机長椅子で、隣の人と間隔を置いて試験を受けるものと思っていました。

 

けれど、実際は高校の教室みたいに、普通に持ち運びができる机と椅子に座っての受験でした。

 

ただ、机も椅子も白を基調としたものでお洒落でした。

さすが芸術と名の付く学部の教室です。

 

 

周りを見渡すと、大学生か、もしくは彼らとほぼ歳が違わないだろうな、と思われる社会人と思しき人ばかり。

 

彼らをどんなに、若作りしているんだと思い込もうとしても、私が一番年上の様でした。(笑)

 

おそらく、私くらいの年齢の人は、初心者コースなどとっくの昔にクリアしているんでしょうね。(笑)

 

ところが、最後に

「間に合いますか。」

とどたばたと入ってきた人は、白髪頭のおじいさん。

 

おぉっ、と思い、なんだか嬉しくなっちゃいました。(笑)

 

その後、テストが始まります。

 

試験を受ける前、オンラインの過去問を解いていたので、試験の流れは大体つかんでいました。

 

 

まず、試験監督者が、教壇に置いてあるCDプレーヤー?カセットデッキ?を押して、

「後ろの席の方、聞こえますか?」

と言われる。

 

そう、はじめにリスニングの試験がありました。

リスニングは、この、CDプレーヤーから流れる文章を聞き取るのです。

 

問題用紙を開いたら…

 

あれ?

 

音声にふさわしい写真を選ぶのですが…

 

問題用紙に張り付けてある写真が、全部モノクロ。

はっ???

 

家で、過去問を解いていた時は、写真はカラーだったのに…。

 

もっとも、問題用紙が西洋紙?ざら版紙?に印刷されているので、考えて見ればモノクロで当たり前なのですが…。

何だか勝手が違うなぁ、と思いながら解いていました。

 

あまり考える暇がなくて、次から次に、問題が流れていきますので、分かろうが分かるまいがキーワードとなる単語を参考にえいっ!と、答えに印をつけます。(苦笑)

 

 

リスニングが終わると、次はリーディングです。

 

リーディングは、日本人なので、外国人に比べて漢字を日常的に使用している分だけ、アドバンテージがあります。

(問題は、世界共通らしい…)

 

だから、私もそうですが、皆さん、かなり早く解き終わったみたい。

(一番後ろの席だったので、皆さんの様子がよく分かるんです…笑)

 

マークシートなので、一問ずつずらしてマークしてないかなど、確認しているうちに試験は終了。

(リスニングについては、見直ししたくてもできないので、そのままです…笑)

 

そして、問題用紙は回収されました。

 

時間は50分くらいで、あっという間。

 

これで、この勉強の一年の締めくくりが無事終わりました。

 

たった50分の試験でしたが、この日はどっと疲れて、家へ帰っても何もする気がせず、映画を観たり、大好きなナンプレをしたりして、遊んでばかりでした。(笑)

 

大学から帰る途中で、駅の裏側に飾っていたクリスマスツリー。

もう今の時期では、すごいタイムラグを感じます。(笑)

 

 

 

 

 

さて、この一年間を振り返ってみると…

 

中国語の学習は、最初、家事やアルバイトの合間合間にちょろちょろっと勉強していたので、亀の歩みのような進度でした。

 

それでも、一年近く勉強したら、さすがにちょっと腕試しをしてみたくなりました。

 

 

だから、実際に真剣に取り組んだのは、最後の1か月間くらいでしょうか。

 

リスニングに弱かったので、最後の1か月間は、音声の例文をBGMのように一日中聞きながら、家事をしていました。

 

 

 

さぁ、結果も上々だったし、今度は、もう一つ上の級である3級に挑戦しましょ!!(宣言!!)

 

 

次回の投稿は、この一年、どんな教材で勉強したか…

私がしたストレスレスで、楽しい勉強法を書きますね。

 

 

今日も…日日是好日

 

 

P.S.

 

オンラインで送られてきた合否通知の一部です!!

紙の通知は、2月に来るそうです。

 

 

與止日女神社…ここは九州の嵐山ですって?!

與止日女神社  二の鳥居  駐車場側入り口 

 

 

 

松の内過ぎたから…

 

明けましておめでとうございます。

 

でなく、

 

寒中お見舞い申し上げます…

 

ですね。

 

父の3回忌を終えてから投稿しようと思っていましたので、ちょっと遅くなりました。

 

そして、お正月の地震で、被災をされました方に心よりお見舞い申し上げます。

地震に、飛行機事故、北九州の火事、新年早々、言葉を失いました。

 

ただただ、これからの日々が穏やかな日であってほしい、そして被災された皆さんが1日でも早く安心できる生活に戻ってほしい…心からそう願います。

 

 

 

さて、我が家では…

今年は、我が家は、前厄やら、就活やら、人生の節目となる人が多いので、お正月にご祈願をしていただきました。

ご祈願なんて七五三以来…と思ったら、2年前の自動車事故を起こしたあと、車の祈願をしていました…。

 

今回は、諸物価上昇中…

お財布と相談しなければいけないので、家族一緒にできる家内安全をお願いしました。

 

 

そして、ご報告があります。

HSK2級に合格しました!

 

3日が結果発表でした。

 

いやぁ、嬉しいですね。

それで、わたしの今年の目標は、中国語検定HSK3級に合格すること、にしました。

 

また、一つ一つ前に進んでいこうと思います、

 

試験についてのレポートは、次回書くことにして、今日は今年最初の投稿なので、初詣に因み、神社紹介を書きたいと思います。

 

といっても訪れたのは、夏のことですが…。(笑)

 

 

 

 

それでは、今年も、どうぞよろしくお願いします。

皆様に、福あれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、これは昨年の夏のお話…。

 

お盆休みに、次女が帰省してきて家族が揃ったので、日帰りで佐賀の古湯温泉に行きました。

 

昔、佐賀県に住んでいた頃は、社宅からも近くよく行ったのですが、佐賀を離れてからは久しぶりです。

 

古湯温泉の歴史は文字通り古く、今から2200年ごろ前に、日本に不老不死の薬を探しに来た徐福が発見した、との伝説があります。

 

また、近代では青木繁(1882~1911)、斎藤茂吉(1882~1953)なども訪れた由緒ある温泉郷だそうです。

 

そして、その帰りに肥前国一宮の與止日女神社(よどひめじんじゃ)に寄りました。

今回は、この紹介をしたいと思います。

 

與止日女神社は、嘉瀬川…別名川上川…と言う川のほとりにあります。

 

そして、そして、この一帯は、川上峡と呼ばれています。

別名九州の嵐山と呼ばれているそうな。

嘉瀬川の両側に山が迫っていて、さながら京都の嵐山観たいということから、名付けられています。

 

以前来た時は、鯉のぼりの季節でした。

川の上の多くの鯉のぼりが、風になびいていて、空に向かって泳いでいました。

なかなか壮観でしたよ。

 

 

それでは、案内の看板「與止日女神社略記」とウイキペディアを参考に、由緒などをご紹介しますね。

 

與止日女神社は、別称「淀姫神社」「河上神社」、通称「淀姫さん」と呼ばれているそうです。

 

創建は、『肥前国風土記逸文によると、欽明天皇25(564)年。

 

ご祭神は與止日女命(よどひめのみこと)

 

この神様は、神功皇后の妹とも豊玉姫(竜宮城の乙姫様)とも言われます。

 

ご神徳は、海の神、川の神水の神、農業をはじめとする諸産業、厄除け開運、交通安全の神様とのことです。

 

また、鯰は與止日女命のお使いとされて、この辺りでは鯰は食べなかったそうです。

 

元寇として知られる弘安の役(1281年)では、與止日女大神の神霊が敵の船を粉砕した、と伝えられているそうです。

 

 

 

 

 

また、北九州地方には、與止日女命を祀る神社が多数あり、そのうちの6社が嘉瀬川流域にあるとのことです。

 

 

 

 

さっそく、お参りをしましょう。

 

 

 

駐車場から、嘉瀬川が見えます。

 

ここは大和町と言うところですが、嘉瀬町と言う嘉瀬川下流の河川敷では、11月上旬に佐賀インターナショナルバルーンフェスタが開かれます。

 

佐賀市内に住んでいた時は、よく風に流されて飛んでくるバルーンを見かけました。

乗っている人の顔が見えそうなくらい低い所を飛んでいることもありましたよ!!

 

と、さっそく話がそれてしまいましたが…

神社の話に戻しますね。

 

 

暑い日の参拝では、休憩できる木陰がありがたい。

 

 

河川敷に降りて行って、ボートに乗ることもできます。

 

 

それでは、拝殿の方へ進みましょう。

 

鮮やかな緑の木々に囲まれた参道を進むと、三の鳥居(佐賀市指定重要文化財) があります。

 

三の鳥居   

佐賀藩初代藩主鍋島勝茂(1580~1657)が慶長13(1608)年に寄進したもの。

 

 

この鳥居は石造りで、肥前鳥居と言うそうです。

肥前鳥居とは、室町時代から、江戸時代初期にかけて多く作られた鳥居です。

特徴としては、鳥居の笠木と島木が一体化して両方の端が流線形に伸びている形で、更に柱が、下に行くほど太くなっている形で、佐賀県全域で見られる鳥居だそうです。

 

参考までに、鳥居の名称の図を載せますので、参考になさってくださいね。


f:id:gracedusoleil2525:20230917162712j:image

引用:ウイキペディアより

 

 

 

 

鳥居をくぐって、東側 (嘉瀬川側)を見ると…

 

子宝に恵まれるという自然石の「金精さん」f:id:gracedusoleil2525:20230917163227j:image

看板によると、この石は男根の形をした自然石で、昔子どもが授からなかった與止日女命が、この石に触れながら祈願したら、色が白く肌の美しい玉のような子どもが授かったとのことです。

 

ここで語られる與止日女命は、神功皇后の妹とのことで、神功皇后新羅出兵の折にここに滞在していたと言われています。

 

 

 

 

西側を見ると…

 

お手水

まだまだ、消毒液が手放せませんね。

 

 

ご神木

青々として立派ですね。

 

 

 

 

東側(川側)のご神木   夫婦杉

神社にお参りした後に、この杉の周りをまわると夫婦、恋人、友人同士が仲睦まじく、更に家内安全、子孫繁栄と三つの願いが叶うそうです。

 

 

夫婦杉を見上げたところ。

見上げたら、凄く高い。

二つの木が1本になったみたいです。

 

 

やっと拝殿に着きました。

 

 

ここで、世界平和と、家族の健康、夫婦円満をお祈りいたしましょう。

2礼2拍手1礼‼️

 

今回も、温泉の帰り道に懐かしさのあまり、ふらっと寄っただけなので、写真をとるのを忘れていましたが、拝殿の中の天井にはたくさんの天井画がありました。

 

 

ところで、この與止日女神社から約7キロメートル離れたところに『肥前風土記』にも記されている、巨石パークと言うところがあります。

 

佐賀市の公式ホームページの説明によると、標高200~350メートルの地点に10メートル以上の巨石群が17基点在しているそうです。

 

そこは、與止日女神社のご神体と考えられているとのこと。

 

古代祭祀の跡が今も残っているのですね。

 

 

私は、もう20年以上も前、興味半分で、巨石パークに行った事があります。

 

もう、夕方近くなっていたでしょうか。

 

パークというわりには、整備もされていなくて、薄暗く、足場も悪いなかを登ったのですが、何だか気味悪く怖くなって途中でリタイヤしました。

 

当時は、もちろん與止日女神社と関係があるなんて知りませんでした。

(というか、與止日女神社との関係は、この記事を書いていて初めて知りました。)

 

 

今は、色々整備されて、巨石パークは‥釣り体験コーナーなどがあって、手頃なハイキングコースとして、文字通り楽しい所、パークみたいになっているみたいですよ。

 

 

もっと、先に進みましょう。

 

西側にある境内社の與止日女天満宮

 

受験の神様としてだけでなく、ぼけ封じの神様としても信仰を集めているそう。

 

この時は、

年内に語学の検定試験を受けたいが、なかなか身に着かない。

どうか、もっと実力がアップしますように。

…と言うようなことを拝んだような気がします。(笑)

 

 

 

 

やはり拝殿の西側にある巨大なご神木

凄く大きな楠の根っこ。

 

見上げると…

立札にはによると、今から約370年前(立札が2013年にできているので、今からは380年前ですね。)、明国の僧がこの大楠を見て、

「珍しい大木である。大唐四百余州広しといえども、恐らくかかる大木は見られまい。」

と驚いたとのこと。

 

佐賀初代藩主の鍋島勝茂はこの話を聞いて、石垣を作って、国を守る霊木として保護したそうです。

 

さて、この大楠は樹齢約1500年。

という事は、植えられたのはえ~と、え~と、聖徳太子が生きていたくらいの時代?

わぁ~、古いですね。

 

高さは30メートル余り、幹の周りは27メートルあります。

 

残念なことに、江戸時代後期に落雷に遭ったそうです。

だから、今私が見ているこの木は、その後に生えてきた木ということになります。

火事で焼けなかったら、どれくらい高くなっていたことか。

 

 

因みに佐賀名木100選に選ばれていますよ。

 

 

拝殿を進むと本殿が見えてきました。

本殿を西側から見たところ。

重厚な雰囲気が、歴史の古さを感じますね。

 

西門(佐賀県指定文化財

本殿側の出入り口です。

元亀4(1573)年の建立。屋根は本瓦葺、切妻作りだそうです。

この年は室町幕府が滅んだ年です。

これまた古い。

 

 

本殿の裏をぐるっと回って、東側の川の方に行くと、展望台と言うか、川を見ながら休憩できるようになっていました。

赤い橋がレトロですね。

 

なるほど、川上峡は美しい。

さらに初夏の鯉のぼり、秋は紅葉を楽しむことが出来ます。

 

 

 

ところで、『古事記』に景行天皇の皇子の小碓命(おうすのみこと)が、九州で悪さをする熊襲建(くまそたける)を征伐するする話があります。

 

 

熊襲建が宴会をしているときに、女装して近づき、熊襲健を刺殺するという話です。

熊襲建は死ぬ前に小碓命に「倭建(やまとたける)」と名乗るように進言したと、記されています。

 

この與止日女神社のある大和町では、このときの話が町内の昔話として伝わっています。

大和町史』によると、熊襲建は、小碓命に倭たけると名乗らせ、自分は、この地方の名前をとって川上建と名乗ると言って、死んだそうです。

 

川上建のお墓も大和町の町内にあるとのこと。 

 

 

本当の話かは分かりませんが、モデルとなった出来事があったのかもしれませんね。

 

吉野ヶ里遺跡もここから13キロメートルしか離れていませんし…。

 

この大和町は、結構古代史のキーポイントとなる土地だったのかも。

 

因みに、景行天皇が実在していたら、4世紀ごろの人と、ウイキペディアにあるので、その頃のお話だと思います。

 

 

さてさて、與止日女神社

古い神社ならではのすがすがしさと、ご神木も沢山あって、緑も多く、ここから見られるゆったりとした川の眺めは心を落ち着かせてくれます。

 

お参りするときは、古湯温泉や川上峡温泉とセットで来たら、より楽しめそうですね。

秋のバルーンフェスタや、初夏の鯉のぼりの季節がいいかも。

 

海外からの観光客がいない分、季節の移り変わる情緒をしっかり体感できるかも。

 

なんといっても、與止日女神社のある川上峡は九州の嵐山だそうですから‼️

 

 

 

 

 

では、さいごに、アクセスです。

 

與止日女神社

引用:グーグルマップより

 

① 自動車

  長崎自動車道の佐賀大和ICから車で2分

 

② バス

  佐賀駅バスセンターから、バスで25分

  昭和バス(古湯行き)に乗って、川上橋で下車。

  そこから徒歩2~3分。

 (結構、佐賀駅から近いのですが、バスの本数が少ないです。平日は1時間に1本、土日は2時間に1本程度です。)

 

 

 

 

巨石パークについては、佐賀市公式ホームページからどうぞ。

 

www.city.saga.lg.jp

 

 

 

 

今日も…日日是好日

週末のリフレッシュタイム…私の映画鑑賞 3


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今年も行きました。イルミネーション探訪。

博多駅は、すごい人人人です!

 

 

みなさん、こんにちは。

今年もいよいよ残りわずかとなってきましたね。

このブログも、今年最後の投稿になりました。

 

最後の投稿は、夏から秋に見た映画です。

はやく投稿せねば、時期がずれまくると、焦って書きました。(笑)

 

 

 

まずは、これ。

イムリーなときに見ました。

 

 

1.憧れを超えた侍たち(2023年)

 

それは、まだ、WBCの興奮が冷めやらぬ時だった……。

 

 

 

娘と、夫は映画館まで足を運びましたが、私はアマゾンプライムで公開になってから見ました。

 

WBCをリアルに見た時も興奮しましたが、この映画も面白かったです。

まず、タイトルで笑ってしまった。

大谷選手のセリフがそのままタイトルになっているじゃない…。

 

大谷選手と言えば、ドジャースに行きましたね。

あの契約金のものすごいこと。

大谷選手くらいなら当たり前の額なのでしょうが…それにしても…

ため息が出ます…。

 

新聞で読んだ大谷選手のエンゼルスへの感謝のと、ドジャースへの抱負のコメントが、素晴らしくて、さっそくインスタをフォローしました。(笑)

 


www.youtube.com

 

内容はもう書くまでもありませんが、侍ジャパンWBCで優勝するまでのドキュメントです。

 

大谷選手をはじめ、けがをおして出場した源田選手や、みんなのお兄さんみたいなダルヒッシュ選手の魅力の再認識、不調だった村上選手がやっと打てた時の感動…

もう一度よみがえってきました!

 

そして、栗山監督って、夢を追う情熱的な方なのですね。

私にとって、栗山監督が一番魅力的でした。(笑)

栗山監督を主役にして、映画を作ってほしいです。

 

憧れを超えた侍たち…是非是非おすすめですよ。

 

 

そういえば、野球といえば、ソフトバンクホークス

今年のホークスはまったく‥‥。

今年のホークスはまったく‥。

 

来年こそ…がんばれホークス!

 

と言うことで、次にいきましょう。

 

 

 

2.羊と鋼の森(2018年)

 

このお話は本屋大賞に選ばれていましたね。

今、小説の方を読んでいる途中なのですが、このお話は映画を先に見ました。

 

ピアノの調律師のお話です。

 

主役は、ピアノの調律の奥深さに魅せられて、調律師の道を選びます。

そして東京に出て、調律専門の学校を卒業したのちに、地元に戻って就職します。

 

同じ職場で働く調律師の先輩や、ピアノの調律で訪れる家々のひとと触れ合いながら、人としても成長していく…そんな成長物語です。

 


www.youtube.com

 

特別すごい何かがおこるという訳ではないけれど、静かな日々が流れていく中での成長物語…そのように感じた映画でした。

 

因みに主役の朴訥な青年に山崎健斗が演じていましたが、朴訥と言う形容詞がぴったりだな、と思いました。

キングダムのかっこいいイメージとがらりと変わる役でした。(笑)

 

 

ところで…

 

ピアノの調律を実際に見たことがありますが、この映画の様にもっと明るい音をとか、重厚な音をとか注文を付けたり、またその希望を叶えるべく調整してくれるなんて、知りませんでした。

 

お話だからかな、主人公は、調律に哲学的意味を見出しているように思えました。

が現実には、いつもさらっと、調律していただいて、

「ありがとうございました。」

でおわり。

 

今度、調律していただく時は、「羊と鋼の森」を見たんですよ、と言ってみよう(笑)

 

 

3.フォレストガンプ/一期一会1994

 

山あり谷ありの一人の人生を描いた映画です。

この映画を見ながら、七転び八起きとか、人間万事塞翁が馬と言う言葉を思い出しました。

 

フオレストガンプが、バス停でバスを待つ人に自分の人生を語るところから始まります。

 

足に障害を持った少年でしたが、母親の愛に慈しまれ、またかけがえのない友達に出会います。

そして、いつしか足は治り、非常に足の速い少年となり、フットボールで活躍し、ベトナム戦争に行き、アメリカに戻ってからは船に乗ってエビ漁をしてり…様々な体験をします。

 

順風満帆ばかりでない人生ですが、常に誠実に、そして前向きにものごと立ち向かっていきます。

 


www.youtube.com

 

足がとても速いキャラですが、人生をも駆け抜ける…そういうダブルの意味があったりして…。

 

主題から全くずれた感想かもしれません。

 

 

副題の一期一会はつけられた意味を考えていたのですが、名声を追うばかりでなく、一度しかない人生を、できる限り自分の心に忠実に生きた…と言うことなのでしょうか。

 

洞察力に乏しい自分にはよくわかりませんでした。

 

 

実際のケネディ大統領が出てくるような歴史的映像に、フォレストガンプがうつりこむようにしている…そういう技術があるのですね。

面白いと思いました。

 

残念なのは、主人公に愛する人…お母さんや恋人…が次々に亡くなること。

最近の私には、哀しい場面はついていけません。

 

 

 

今回は、以上です。

いかがでしたか?

 

また、思白そうな映画を見ましたら、投稿しますね。

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

 

 

P.S。

 

ブロガーの皆さん、今年も大変お世話になりました。

ありがとうございます。

 

今年は、健康面以外は、充実した満足のいく年でした。

また夫や、子ども達にとっても来年は人生の節目となる大切な年です。

気を引き締めて、良い年にしたいと思います。

 

それでは、皆さんもどうぞ、良いお年をお迎えして下さいませ。

皆さんにとって、来たる年が、充実した実りのある年となりますように。

 

 

 

 

 

おのぼりさん、東京へ行く その4 ( 最終回)…旅は行くも楽し帰るも楽し

皆さん、お久しぶりです。

 

先日の投稿では、多くの方々にのエールをいただきました。

感謝感謝です。

おかげさまで、中国語の試験を無事終わらせることが出来ました。

 

試験が終わってから、すぐ投稿しようと思ったのですが、なんだかほけ~っとしてしまって、なかなかエンジンがかかりませんでした。

 

それにしても、この中国語の勉強は自分にとって、いい体験となりましたよ。

忘れかけていた、目標に向かって一生懸命に物事に取り組む…

そういう姿勢を思い出させてくれました!!

 

また、結果が分かってから、試験についてレポートしますね。

落ちたら、しないかもしれない。(笑)

 

そして、ブログを休んでいる間、時々私のブログを覗いてくださった方々、ありがとうございます。

気にかけていただいて、とても嬉しかったです。

 

 

現在、今回に限らず投稿の間隔が何かとあくので、書きたいことがどんどんたまっていっています。

 

せめて、このようなイベント…中国語の試験…がなければ、一月に2回は投稿したいと思いっているのですが、なかなか…。(苦笑)

 

 

また、ぼちぼち投稿しますので、これからもどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、3回にわたってきた東京旅行のお話も、最終回となりました。

 

旅行は6月。

一日目は神田明神国立西洋美術館、ディズニーランドに行きました。

二日目は、鎌倉に行きました。

 

今回の話は、鎌倉から東京に戻ってきたところからの話です。

 

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

 

さて、鎌倉から戻って、お夕飯を食べたのは有楽町。

 

東京に戻ってきたので、ここからやっと、旅行支援クーポンが使えるようになりました。

 

お夕飯は、高架線の下のお洒落な店で牛タンを食べました。

 

そのあと、ぶらぶらと銀ぷら‥でなく、有楽町をぶらぶら。

 

 

まず、帝国劇場を見ました。

 

これがかの有名な帝国劇場なのですね。

もうすぐ、リフォームするとか。

 

(上の写真は、ルパンのお芝居のポスターなのですね。ぼーっとみていたので、ハリー・ポッターのルーピン先生が主役のお芝居と思っていました。だって、綴りでなんとなく連想される感じで…。つい先日、新聞の広告で初めて勘違いをしたことに気がつきました…笑)

 

皇居も、道路を隔てた向こうにに見えました。

暗くて、良く見えなかったけど。

 

そして、東京宝塚劇場


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この建物がそうなんだ~、と見ていると、その建物から、おしゃれな格好をした人がたくさん出てきましたた。

お芝居が終わったのでしょうか。

 

 

この人混みを見て娘が、

「電車の人が多くならないうちに、駅に戻ろうよ。」

と言ったので、そこで、引き返しました。

 

 

このあと、池袋のサンシャイン60へ。

 

このサンシャイン60‥思い出のビルです。

 

学生時代、東京に友達のところへ遊びにいったはいいけど、ここで、ゴミを捨てたとき、周遊券を一緒に捨ててしまったのてす。

 

この時、東京で就職していた兄に泣きながら電話して、おこづかいをもらい、そのお金で福岡へ帰りました。

 

きっと、あの頃からは、リニューアルしているのでしょうね。

 

 

最上階で夜景をみる時間には、間に合わなかったですが、その下の階…無料で誰でもみられる…で夜景を見ることが出来ました。

 

これが日本の首都なのですね。

美しい夜景をみてから、プラネタリウムにいきました。

 

 

癒しの香りが漂ってくると言う評判のプラネタリウム

 

 

このプラネタリウムでロマンチックな気分になって、お宿に帰ろうと言うことになったのですが‥

 

一抹の不安が‥

 

プラネタリウムといえば‥あまりの心地よさに眠ってしまうかもしれない‥

しかも、お値段はびっくりするほど高いのです。

なんと、1900円 !!

「ここで、寝るわけにはいかん。」

 

と、自分に言い聞かせて、中に入りました。

 

なるほど、シアターが始まってすぐに、いい香りが漂ってきます。

あ~、夢の国~。

 

しかし‥なんたること‥。

そうそうに、もう一つの夢の国へ、出かけてしまいました。

 

あ~もったいない。

 

プラネタリウムが終わったときは、半分寝ているような状態。

出だし以外は、ほとんど、覚えていません。

 

 

 

 

 

そして、最終日。

 

朝から、しっかり降っている雨。

よかった~。

この日がディズニーランドや鎌倉でなくて。

 

1時間かけて、羽田空港に行きました。

 

羽田空港を歩いていると、ふと記憶に残っている場所を通りました。


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建て替えられたばかりの羽田空港に行ったとき、すてきだなぁ、と思って見上げた場所なのです。

 

その時は夜で、最終便で帰ったのかな?

 

灯りがキラキラして、羽田空港ってきれいになったなぁ(その前は、相当古びた印象でしたから…笑)、と思いながら見たものでした。

 

もう、数十年前の話です。

 

 

すっかり忘れていたけど、また、お目にかかるとは !!

感激~。

 

 

さて、飛行機に乗ると1時間半で福岡空港に着きます。

 

東京に行く飛行機で、写真をとり忘れた座席の前のタブレット

帰りも、こんな画像を見ながら、ジェットストリームを聞いていました。

 

 

 

 

そして…

 

 

おぉ~、志賀島が見えてきた。

志賀島は、写真の右側の、市街地と細い道で繋がっているところ。
「漢委奴国王」の金印が出たところですね!

 

ここまでくると福岡空港は、すぐそこです。

 

 

帰りは早かったなぁ。

 

雨の東京だったけど、福岡では、お日様が見えます。

なんか、不思議。

 



 

 

早く着いて、せっかくだからということで、今度は展望デッキに出て、飛行機をしばらく見ていました。

 

 

 

この後、早めのお昼御飯を食べて帰宅。

 

娘とは地下鉄で、別れます。

娘は7月に開催された、世界水泳選手権大会2023福岡大会のボランティアをしたのだけど、この日は開催前の説明会があったのです。

 

仕事をしながら、ボランティアに応募したのもおおっ‼️と思うのに、旅行帰りに説明会の予定をいれる…

恐るべき行動力です。

 

そういうわたしも、家に帰ったら、まずお洗濯をしましたよ!

 

3日目は、観光は全くできなかったけど、朝帰ってきて、昼からは家でゆっくりするというのもいいですね!

 

さてさて、4回にわたって長々と書いてきた旅行記もこれでおしまい。

楽しんでいただけたでしょうか。

 

今回は、この旅行に直接関係のない話にとぶことも多く、読みにくかったところは、どうぞご了承くださいませ。

 

それにしても‥数十年ぶりの東京。

良い思い出となりました。

 

パワフルな長女は、次女の忙しさが一段落したら、今度は次女を東京ディズニーランドに連れていくのだといっていました。

あまりにも、「お姉ちゃんたち、いいなぁ、いいなぁ。」と、言われるので(笑)

 

 

今回の旅行は、〇〇線でいくか△△線でいくかなど乗り換えを初め、行動が早い娘にたよりっぱなしでした。

次は、自分ももっと勉強しよう!

 

 

そして、次の旅行に向けて倹約に励み(笑)、また、遠い所へ行きましょ!!

 

 

 

 

 

この旅行記を最後まで読んでくださった皆さん、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

おのぼりさん、東京へ行く その3…いざ鎌倉!!

さて東京旅行は2日目。

 

前日のお話は、この記事をどうぞ。

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

 

 

今日は、朝7時に起きました。

 

 

 

この日は、娘がどうしても行きたい、と言った鎌倉を訪れました。

 

 

ところで…

 

 

ここはどこでしょう?

 

 

 

 

泊まったホテルの最寄りの駅です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、池袋駅です。

 

フクロウのオブジェ。

池袋(イケブクロ)だからでしょうか。

おもしろ~い!!

 

 

この日は、快速に乗って乗り換えなしで、いざ鎌倉!!

 

 

娘は、「海街diary」を読んでから、鎌倉へどうしても行きたかったのですって。

私も夫も、お互いそれぞれにですが、過去に何回か訪れたことがあります。

 

そして、この日は、娘がぜひとも、と言った紫陽花で有名な長谷寺明月院のほか、鎌倉に行くなら外せない鎌倉の大仏、鶴岡八幡宮を見学することにしました。

 

鎌倉に近づくにつれて、景色はのどかになるけど、電車の人はどんどん増えます。

みんな同じところで降りるんだろうな、と思ったら、やはりそう。

鎌倉でどさどさっと人が降りました。

 

鎌倉駅からは、バスで長谷寺へ行くつもりが、バス停がどこかよく分からない。

そのうち、江ノ電が便利という事を知り、江ノ電に乗ることにしました。

 

「わぁ、江ノ電江ノ電。」

 

江ノ電は、漫画にも出てきたので、ちょっと興奮。

 

 

江ノ電の駅を降りてちょっと歩くと、長谷寺はすぐそこです。

 

お寺の入り口で、まず拝観料を払います。

そして入場してから、改めて「あじさい路」の入場券を買います。

なんと、「あじさい路」は朝まだ10時半ごろなのに、2時間待ちですって。

 

さすがに2時間も待てないので、鎌倉の大仏を先に見ることにしました。

入場券を買いさえすれば、いったん外に出ても再入場できるというのは嬉しいですね。

 

という事で、先に鎌倉の大仏を見に行きました。

鎌倉の大仏は、長谷寺から歩いて数分くらいです。

 

正式名称は、大異山清浄泉寺高徳院という浄土宗のお寺にあります。

 

仁王門をくぐって…

 

大仏さま、お久しぶり。


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大仏さまに、季節の花である紫陽花が活けられていていますね!!

 

この大仏さま、今まで、ずっとお釈迦さまと思っていたけれど、阿弥陀さまでした!!

(オーマイゴッド!!)

 

参拝券の説明によると、鎌倉時代建長4(1252)年から10年前後の月日をかけて作られたのですって。

800年も、世の中の栄枯盛衰を見てきたのですね。

 

鎌倉の大仏さま、賑わっていましたよ。

昔も、こんなに人が多かったかな、と思いながら、大仏さまを見学しました。

 

外国人も多かったですね。

欧米人と思しき人が多いのも、関東の特徴ですね。

福岡はアジア系の観光客が多いから、地域性があるのかしら。

 

 

 

そして、軽く、お昼ご飯を食べてから、おやつを買いました。


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鎌倉に行ったら、鳩サブレでしょ!!(笑)

 

 

そのあと、長谷寺に戻りました。

 

長谷寺の正式名称は、海光山慈照院長谷寺

ここは、鎌倉の大仏よりさらに古く、伝承によれば奈良時代天平8(736)年に作られたお寺です。

 

古いですね~。

 

本堂は観音堂で、十一面観音菩薩像が安置されています。

 

長谷寺は、思ったよりはるかに広くて、長谷寺をじっくり見ていたら2時間くらいあっという間に経ちそうな、それくらい立派で、見どころがいっぱいでした。

 

鎌倉の大仏を先に見に行かなくてもよかったくらい。

 


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あじさい路」でなくても、素敵な庭園が、目を楽しませてくれます。



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和み地蔵。

名前通り、思わず笑顔になってしまいます。

 

前述のように見どころはいっぱいあって、ゆっくり見ていたら2時間くらいすぐに経ってしまいそうな境内でしたがでしたが、この記事は先が長いので、さっさと「あじさい路」に入りましょう。(笑)

 

 

 

ちょうどお昼過ぎでしたが、この時間に入場券を買う人は、なんと3時間待ち。

皆さん、お疲れ様です。

 

さぁ、いよいよ「あじさい路」に入場。

 

紫陽花と海のコラボは、なんだか懐かしい気持ちになります。

 

色とりどりの、紫陽花が咲き乱れていて美しいですね!!

 

私達は、カメラの三脚を忘れてきました。

それで、3人一緒の写真を撮りたいときは、

「すみません。とってくださ~い。」

と言いながら、前へ進みました。

 

こんな時に頼みやすい雰囲気の人って、カップルか女性同士で旅している人ですね。

 

そして、必ずと言っていいほど、

「お礼に私達も写真をお取りしましょうか。」

というと、

「おねがいしま~す。」

と言われます。(笑)

 

 

 

ところで、

長谷寺ではこの場所が見たいとよ。」

娘が見せてくれたインスタの画面がアレ…でなくてコレ。

 

引用:インスタグラムより

 

色とりどりの紫陽花が通路いっぱいに植えられているような写真。

探せど探せど、ありません。

 

なんと、これが痛恨の勘違い。

「ねぇ、これ長谷寺長谷寺でも奈良の長谷寺やないと?」

夫が指摘します。

よ~くみると、確かに奈良と書いている。

 

長谷寺違いだったのですね。

あらあら。

でも、美しい鎌倉の長谷寺を堪能しましたよ。

いつか奈良にも行きましょう。

 



 

出口の仏様の像にも、紫陽花が。

ほのぼのとします。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、また江ノ電に乗って鎌倉駅に戻り、今度は鶴岡八幡宮に行きました。

 

鶴岡八幡宮へ行く道はの両サイドには、所狭しとお店が立ち並んでいます。

そして、押すな押すなの凄い賑わい。

 

夫も、私も閑散とした鶴岡八幡宮しか知らないので、初めて来たような気持ちになりました。

 

 

 

参道の途中の、トルコ雑貨のお店。

ショーウインドーの品がとてもお洒落なので、入ってみました。

 


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デザインが素敵ですね。


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一目ぼれしたコインとビーズのブレスレット。

娘たちに、一つずつ買ってあげました。

 

 

 

鶴岡八幡宮は広いですね。

 

長い参道の向こうに…

 

小さく拝殿が見えます!!

 

季節感あふれるお手水で、紫陽花一色!!

 


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源実朝鎌倉幕府3代将軍)は、この階段を降りている途中に、甥の公曉に暗殺されたと言われています。

 

階段を登りながら、公曉が実朝を暗殺した銀杏の木はどこにあったのだろうと探しましたが。よく分かりませんでした。

 

この写真は、階段の左側を移したもので、御幣があるので、ここら辺に隠れていたのかな?

 

因みに、その銀杏の木は、台風で倒れたとのことです。

 

 

ついでに、宇佐八幡宮の遥拝所があるとあったので行ってみたかったのですが、どうもそこは立ち入り禁止の区域にあったようです。

 

 

このあと、疲れはてててしまって、次なる目的地明月院あじさい寺)にはバスで行こうという事になりました。

 

休んでいる間、休憩所でぼーっと道路を見ていると、バスが通り過ぎるのが見えました。

 

「あ、バス!!」

 

土曜日の午後ですものね。

道路は渋滞していて、バスはほとんど動いていません。

 

「頑張って、あのバスに乗ろう!!」

 

しかし、時すでに遅し。

バスは、バス停をもう過ぎていました。

 

「渋滞しているけん、追い越せるかもしれん。次のバス停で乗ろう!!」

それから、頑張って次のバス停まで歩くことに。

 

次のバス停に着いたはいいが、ものすごく渋滞していて追い越したバスがいつ来るか見当が尽きません。

「いっそのこと、歩いて行こっか~。」

ということになり、疲れた体に鞭打って、歩いて明月院へ。

 

でも、いい事がありましたよ。

 

明月院に行く途中で、

葉祥明美術館を見つけたのです。

 

鎌倉にあると聞いていたけど、こんなところにあったなんて。

 

「ここも行きた~い。」

 

時間としては、明月院にもここにも行くという事はかなり厳しいように思いました。

でもそもそも紫陽花を見に来たんだ、という事になって、まずは明月院に行くことにしました。

 

バスに乗らなくて正解だった…。

 

 

 

明月院は、長谷寺より、人がいっぱいでした。

そして、一面の青い紫陽花。

 

個人的には、同じ色に統一された紫陽花で、すっきりとした美しさの明月院は、長谷寺より素晴らしかったです。


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同じ色に統一された紫陽花は、高貴な雰囲気さえ漂わせています。

明月院ブルーと言うのですって。


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お地蔵さんも紫陽花を愛でています。

 

そうそう、書き忘れていましたが、明月院も創建は古く、平安時代末永暦元(1160)年で、最初は明月庵と言っていたそうです。

 

開山堂  歴代住持の位牌があるそうです。


ここも、鎌倉時代の執権北条時頼の廟などがあるという事で、時間をかければもっと見ごたえがあったのでしょうが、ゆっくり見ていたら葉祥明美術館には行けない。(苦笑)

 

夫と娘は、紫陽花だけに用があったので、

「早いところ写真を撮って、美術館に行こうよ」

と言う。

 

だから、歴史的建造物はさらっと見るだけで(笑)、とにかく写真を撮ってから、明月院を後にしました。

ちょっと、残念。

 

機会があったら、この時期にまた訪れてみたいです。

 

そして、葉祥明美樹館に。

 

 

 

 

参考までに、ホームページのリンクを貼りますね!!

葉祥明美術館

 

誰でも入れるお土産屋さんは賑わっていたけど、展示室の中に入る人は少なかったです。

 

美術館の中はゆったりできましたよ。

暑かったし、疲れていたのでしょう。

キンキンの冷房が、気持ちよかったです。

 

それから、改めてお土産屋さんに行ったけど、閉館まじかでも凄く込んでいました。

 

 

ここで、みんな思い思いに買い物をして、美術館を後にしました。

 

鎌倉の話はこれでおしまいです。

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

東京の夜は長い…。

 

 

 

このあとは、有楽町でお夕飯と散策、そして……。

 

 

 

観光はまだまだ続きます。

 

その話は、次回に。

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

 

 

P.S.

 

東京旅行の連載の最終回がまだ残っているのですが、これからしばらくブログをお休みします。

 

 

そのわけは…

 

書こうかな。どうしようかな。恥ずかしいな…(笑)

 

 

 

うん、自分を叱咤激励するつもりで書こう!!

 

 

実は12月上旬に、HSKという中国語の検定試験を受けます。

家事やアルバイトの合間合間に勉強して11ヶ月。

 

ちょうど、腕試しには切りがいいと思いきや…

 

主婦の感覚ですが、検定料って結構高いのですね。

5000円を越えました…。

入門?初心者?コースなのに…。

家族に言わせれば、こんなものでしょ、もっと高い試験もいっぱいある、とのこと。

 

 

というわけで、軽い感覚の腕試しとしては値がはるので(笑)、これからの1ヶ月は、ブログの時間も勉強に当てたいと思います。

 

 

 

 

それでは、試験が終わったら、またお会いしましょう。

 

ブロガーの皆さん、しばらくの間、ごきげんよう

 

 

 

再見!

 

 

おのぼりさん、東京へ行く その2 … 3人あわせて、3県踏破。

前回は、主に東京旅行の飛行機の旅について、書きました。

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

 

 

今日から、いよいよ観光の話です。

 

 

夫と別れた私と娘は…

 

まず、神田明神を訪れました。

神田明神は伝天平2(730)年の創建とのこと。

古いのですね。

 

なぜ、神田明神にお参りしたかって?

江戸下町のシンボルみたいな存在とのことで、下町の情緒を感じられるかな、と思ったのです。

また、誰かからご利益がいっぱい、とも聞きました。(笑)

 

神田明神は小雨の中でしたが、さほど人も多くなくスカッとして、確かに東京の下町を感じさせるような、お囃子の音が鳴っていました。

入口の随神門

昭和天皇御即位50周年の記念に作られたのですって。

そういえば、なんだか新しいような…

 

御神殿

権現造りで、鉄骨鉄筋コンクリート

古い神社なのに、鉄筋と言うところがなんとも現代的ですね。

 

 

左  ご神馬   明(あかり)ちゃん  かわいい!!     けど、なんだか、憂いの表情。

右  獅子山   御神殿の向かって右側にあります。

 

 

そんなに大きな神社に思えませんでしたが、境内社が幾つもありました。

 

 

ここで、絵馬を書き、小判の形をしたお守りを買いました。

 

神社に入った時に聞こえたお囃子の音は、おみくじコーナーからなっていました。

お金を入れると、お人形の獅子舞がおみくじを持ってきてくれるのです。

楽しい工夫がされていますね。

 

 

この後は、上野へ行きました。

 

ところで…

 

私は上野が大好きなのです。

動物園や博物館、美術館、科学館があるし、阪急デパートがあるし。

中途半端な時間を潰すのにちょうどいいし。

 

今はどうだか分かりませんが、この上野の阪急デパート。

昔はデパートと言う割には、手頃なお値段の衣類がありました。

他のデパートは、びっくりするほど高いのに。

 

で、出張で東京に来た時、時間があったら必ず上野によって、おしゃれな服を1着買うことにしていました。

 

…残念ながら、今回は行きませんでしたけど。

 

 

今回は上野で国立西洋美術館に行って、常設展を観てきました。

 

すてきな絵画を間近で見ることが出来ます。

 

しかも写真撮影オーケーの絵画が多い。

 

でも、あまり写真は撮りませんでした。

だって、写真を撮っていたら、じっくり見るより、写真を撮ることに一生懸命になるから。

 

絵の写真は、ピンボケが多いのでこれくらいで…(笑)

 

 

さて上野で、早めのお夕飯をとってから、いよいよ夢の国へ出発!!

 

夢の国とは…そう…東京ディズニーランド!!

 

東京駅までは、山手線で行きました。

座っていきました。

山手線で座れるなんて!!

 

というのが、私の遠い記憶では、あとからあとから電車がくるのに、どの電車もどの電車も満員。

それで、ホームから人を電車の中に押し込む駅員さんがいました。

 

どれだけ人口が多いのだか…と当時思っていました。

 

 

東京駅に着くと、駅の正面へ出てみようと娘が言うので、正面へ出て見たら…

 

なんと、有名な東京駅のあのアングル。

 

何度も東京駅に来たことはあるけど、東京駅で降りてそのまま外に出たのは、初めてかもしれません。

 

レトロで素敵な建物ですね。

 

 

さぁ、これからが大変でした。

乘りたい電車の時間が迫っているという事で、早歩き…いやいやダッシュで、京葉線の乗り場へ。

 

娘は慣れたもので、すたすた行きます。

スピード感が、半端でない。

 

「良く、迷子にならずにすっすっ行けるねぇ。」

「だって、おかあさんは、東京では、迷ったら上を見上げるといいと言ったやろ。」

 

そうそう、そう言ったっけ。

 

東京では、上を見上げると乗換案内とか書いているので、迷ったら上を見て歩くと便利なんですよね!!

 

 

で、この乗り換えの距離がものすごく長い。

 

15分は、走ったり歩いたりしたでしょうか。

(大げさかな?それくらに気持ちという事で…笑)

電車に乗った時は、もうへとへとでした。

 

しかも、快速に飛び乗ったつもりが、鈍行だった!!

 

それなら、こんなに急がなくて良かったのです。(苦笑)

あ~あ。

 

 

舞浜で降りたら、駅のロッカーに荷物を預けます。

さあ、ディズニーリゾートラインに乗っていよいよ夢の国ディズニーランドへ。

 

ミッキーの形の窓がかわいい。

 

 

ウイークデーで、夕方からの入場だったけど、さすがに人が多かった。

これでも少ない方なのでしょうね。

 

 

さぁ、入場しますよ。

ディズニーランドは、オープン40周年だそうです。

 

おぉ、銅像の向こうにディズニーランドのシンボルのシンデレラ城。

とうとうやってきた。

感動~~~。

 

 

 

 

 

とにかく人が多いので、アトラクションは厳選しました。

目標は、この3つ。

 

  • ミッキーのフィルハーマジック (3D映像で、ディズニー映画の曲などを流してくれる)
  • イッツ・ア・スモールワールド(船で、歌っている世界の人形を見て回る)
  • カリブの海賊(船で、海賊がいるような場所を見て回る)

 

パレード前に、ノルマを達成したので、後は成り行きに任せようという事になりました。

 

そもそも、この日の最大の目的は、パレードを見る事でした。

 

 

ところで、ディズニーランドには、時計がないのですね。

夢の国では時間を気にせず遊びましょう、ということみたい。

 

だけど、パレードの時間はさすがに気になって、場所取りの関係もあり、ちらちらっと腕時計を見ていました。

 

そして、パレードの1時間ほど前から、観光客が場所取りを始める。

 

甘かったです。

 

パレード30分前にノルマ(笑)のアトラクションを終わらせて、場所をとろうとするが空いてない。

ハウステンボスなんか、直前でも場所取り不要で、間近でパレードを見ることが出来るのに。

 

それでも、どうにか2人分の場所を確保しました。

 

そして、もう一つリサーチ不足がありました。

 

レジャーシートを持っていっていなかったのです。

だから、地面に直接座ってパレードを見なければいけませんでした。

 

分かっていたら、せめて舞浜で預けたリュックに新聞紙が入っていたのに。

 

パレードは7時半に開始。

夏至近くだったので、暗くなるか心配でしたが(福岡は西の方にあるので、まだ結構明るい)、しっかり暗くなってくれました。

 

 

そして、お馴染のパレード曲に乗って、テーマごとに飾りつけされた車がピカピカ輝きながらやってきましたよ。

 

 

ディズニーのCDは持っているので、パレード曲は何度も聴いたことがあるけど…

というか、気分を盛り上げるために東京旅行の前は、毎日毎日聴いていました…(笑)

 

 

いよいよ実際にパレードを見ることが出来て、とても嬉しかったです。

 

 

 

東京ディズニーランドエレクトリカルパレードの曲


www.youtube.com

引用:YouTubeより

 

 

 

では、暗闇の中に輝く光の車の写真を、引用のYouTubeのパレード曲を聴きながらどうぞ。

 


何となく、雰囲気がお分かりでしょうか。


次女も、大学がお休みだったらねぇ~と、行きたがっていたので、ライン電話でパレードの画像をリアルタイムで送ってあげました。

 

この後、花火まで少し時間があったので、ほとんど待たなくていい「白雪姫歩七人のこびと」と「ピノキオの冒険旅行」に行ってきました。

 

そして、再びシンデレラ城の前に戻って、花火を見学。



そのあと、駄目もとで走って「プーさんのハニーハント」(車に乗って、プーさんの世界へ)に行きました。

 

長く待つなら帰ろう、と言っていましたが、なんと15分待ちで入れました。

いつもは90分から2時間待ちというのに。

ラッキー。

 

 


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プーさんのハニーハント」出口のショップにて。

 

おぉ、プーさん、プーさん、プーさん!!

 

 

 

 

 

 

このアトラクションを最後に、出口のお土産屋さんに直行。

 

正直、お土産屋さんが一番混んでいました!!

 

40周年と書いているクッキーや諸々買って、次女にもクッキーを送ってあげて、帰途に着きました。

 

夕方から入って、アトラクションに6つも入ったのですよ。

優秀と思いません?

 

でも、走った走った。(笑)

 

ハウステンボスと比べるからか、ディズニーランドは思ったより狭かったです。

 

でも、さすが天下のディズニーランド。

大人も子どもも笑顔になりますね。

 

昔ここに来た時、スペースマウンテン(室内のジェットコースター)にはまっていたのですが、この日は動いていないということで乗れませんでした。

 

これが、ちょっと残念。

 

また、うろ覚えですが、「イッツ・ア・スモールワールド」の船のアトラクションも、以前に比べて、かなり大掛かりになっていたような気がします。

 

 

 

帰りのディズニーライン。

 

 

 

40周年記念の、ラッピングです。

最後の最後まで夢の国のディズニーランド!!



 

 

結局、宿泊するホテルに着いたのは11時。

ハードな一日でした。

 

この日は3人で東京、埼玉、千葉を踏破!!

 

翌日も隣の県へ行きますよ。

 

 

では、また。

 

次回に続く。

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

おのぼりさん、東京へ行く その1…しばらく行かないうちに、ずいぶん変わったなぁ。

 


6月に2泊3日で、久しぶりに東京に行ってきました。

2泊3日といっても、実質東京で動けた時間は、1日目の午後と2日目だけ。

3日目の午前中には、もう福岡に戻っていました。(笑)

 

けれども、1日半の観光とはいえ、密度が濃い旅行となりましたよ。

あまりにも、久しぶりだったからでしょうか…。

 

 

ということで、今回はこの旅行のお話を4回に分けて、お話したいと思います。

 

 

さてさて、この旅行は、JALのスマイルキャンペーンで行きました。

このキャンペーンは福岡~東京間が片道7000円で行ける素晴らしい企画なのです。

 

あまりにも格安なので、応募しない手はないと、長女にいわれました。

 

この時、今ひとつわたしの調子が良くなかったので、あまり乗り気でなかったのですが、

「こんな時、行かずしてどうする!!」

「今回は、私からのプレゼントよ!!」(飛行機代ほか)

とも言われ、ありがたく受ける事にしました。

 

行くと決心すると、何がなんでも予約したい。

応募が殺到することを考え、夫と私と長女のスマホ、家のパソコン、長女のパソコンをフル稼働して、殺到する申し込みに備えました。

 

最初、こんなに安くて行けるなら北海道に行こう、と言っていましたが、北海道はあえなく撃沈。

 

次に東京を申し込もうという事になり、やっと取れたことは取れたのですが…

行きの便はまあよいとして、帰りは午前中には福岡に着いている‥と言う旅行としては効率の悪い便しか予約できませんでした。

 

でも、久しぶりの東京だし(結婚してからは、はじめて)、就職していたときは、出張としてしか行ったことがなかったし…旅行の日が近づくにつれてワクワクドキドキでした。

 

さて、旅行当日。

 

娘が、空港へ早く行って飛行機の発着を見たいというので、朝5時に起きて6時には家を出ました。

福岡空港は都心から空港までが近い。

こういう時は、ありがたいですね。

 

福岡空港は、久しぶり。

リニューアルしたばかりの空港は相変わらず新しくて、右を見ても左を見ても飽きがこない。

 

最近は飛行機のチェックインは、セルフの機械でするのですね。

娘が、チャカチャカとチェックインをする。

さすが、飛行機を使ってあちこちにお芝居を見に行っているので、手慣れたものです。

尤も、ほとんどLCC ですが。(笑)

 

あ~。私も覚えなくては。

だって、歳をとったら、もっと旅をしたいし。

 

 

そのあと、保安検査を終えて、一路ラウンジへ。

生まれて初めて、セゾンのゴールドカードを買い物以外で使いました。(笑)

このゴールドカード、家族みんな持っています。

 

もともと、地元のスーパーのお買い物のカードとして作ったクレジットカードだったのですが、最近そのスーパーが提携先を変えたという事で、お買い物カードを持っている人で、継続を希望する人は、自動的に無料のゴールドカードに格上げになったのです!!

(有料のゴールドカードとは少々特典が違うみたいですが)

ラッキー。

 

そして、初めて入るラウンジ。

なんだろう、この感動!!

無料のコーヒーや、ジュースを飲みながら、飛行機の発着を見ることが出来ます。


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なんと優雅な!!(笑)

飛行機っていいですね。

もう、この時点で、かなりテンションが上がっていたのですが、ますます上がってきます!!

 

そして、いよいよ、飛行機の中へ。

久しぶりに乗る飛行機は、初めての機能もあって新鮮。

 

まず、各々の席の前にタブレットが置かれていて、音楽や映画、フライト情報がみれるようになっていました。

スマホの充電もできます。

 

まずは、タブレットを機内カメラにして、外の景色を眺めます。

そのあと、昔JALに乗る時にいつも聞いていたジェットストリームに、チャンネルを合わせます。

 

う~ん、家のradikoでなく、リアルに、オリジナルのジェットストリームを聴く幸せ。

 

 

そうこうしているうちに、飛行機は離陸しました。

 

いつものことだけど、飛行機が加速して飛び上がる瞬間って、最高潮のワクワク!

 

でも、いざ離陸すると、天気が悪かったのであまり地上の景色は見れず、すぐ雲の上となりました。

 

そして、すこし落ち着いてから、機内で飲み物が配られ、桃のジュースを飲みました…。

 

 

 

 

 

 

と…

 

 

 

 

よかったのは、ここまで。

 

ジュースを飲み終わってから、気分が悪くなったのです。

 

よくよく考えると、早起きしすぎたので、朝ご飯を食べていませんでした。

 

よせばいいのに、お腹に何も入っていない状態で、空港ラウンジでコーヒーを飲んだ。

飛行機のなかでもジュースを飲んだ…。

 

これがいけなかったみたい。

 

飛行機で酔うのはじめてでした。

 

しょうがないから、音楽を聴きながら、しばらく目を閉じてじっとしていました。

(要するにしゃべらなかったということ…笑)

 

さて、東京のお天気は、どしゃ降り。

厚い雲のなかを通り抜けて、東京の町が見えだした時は、さながらジプリの天空の城ラピュタに行ったような気分になりました、

 

羽田空港には、遅れて到着。

 

それから、軽くご飯を食べて、いよいよ街中へでます。

 

まず、夫の実家のお墓参りに行きました。

お墓といっても、夫の祖父に当たる人より先の人が眠っているお墓で、本家の人が墓守りをしています。

 

さて、皆さんに質問です。

ここはどこでしょう?

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お墓はここにあるんですよ。

卒塔婆がたっているお墓が多く、文化の違いを感じました。

 

 

 

 

 

 

答えは日暮里です。

 

 

 

 

 

お墓参りのあと、夫と別れました。

 

実は、夫は学生時代を東京で過ごしたので、昔の懐かしいところに行ってみたいのですって。

そして、その後は、念願の埼玉のベルーナドームに行って西武戦を見るのです。

 

 

ところで…

 

夫は、それはそれは涙ぐましいほどのライオンズファンなのです。

 

以前このブログにも書いたことがありますが、まだライオンズが福岡にいた頃の新聞の切り抜きを何冊も持っています。

 

わたしや娘はホークスファンですが、夫はライオンズが福岡から離れても、見捨てずに一途に応援しているのですね。

 

そのために、有料のエリアフリーのradikoも契約しているんですよ!

 

因みに、ホークス戦を聴く時は、埼玉の文化放送で聴きます。

決して、ホークス寄りの、福岡のRKB毎日放送なんかでは聴きません。(笑)

 

ということで、別にライオンズの応援に行く気にならない私と娘とは、全てが終わってから宿泊最寄りの駅で落ち合うことにしました。

 

 

ではでは、私たちは、これから東京観光と夢の国へ行ってきま~す。

 

 

 

次回に続く!!

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

P.S.

 

なんかこの記事は、写真がとても少ないなぁ~。

次回は、たくさん写真を載せますね。

旅行の話の導入という事で、どうぞご了承くださいませ。