遅ればせながら、3月に訪れた柳川観光の投稿をします。
投稿間隔が開いてしまい、大変タイムラグができてしまいました。
そこはご愛嬌として、数ヶ月、頭を巻き戻してお読みいただければ幸いです!
その日は…
やっと厳しい冬が終わり、暖かな日差しが戻ってきたと感じた日でした。
行き先は福岡県南部の柳川。
柳川は水郷として知られ、柳川城のお堀から続く水路が町中に張り巡らされています。
また、詩人北原白秋(1885~1942)の生家があることでも知られています。
で、この日は、柳川の水路を昔ながらの舟「どんこ舟」で巡る川下りと、3月ということで、柳川ならではのお雛様と北原白秋の生家を見てきました。
柳川は、私が住んでいる福岡県内なので、日帰りで観光できます。
福岡の繁華街天神から西鉄大牟田線の特急に乗って45分。
しかも、西鉄が、太宰府柳川観光切符という一日で観光地2か所を巡るという切符を販売しているところから、時間に余裕のある観光のはずでした…。
しかし、実際は…
その話はおいおいと…(笑)
それでは、まずは、皆さんも柳川観光へGO!!
大体のスケジュールは私が立てました。
春分の日を含む3連休中だったので、人も多いことが予想され、早く行って早く帰ろうとしたのですが…。
最初から躓いてしまいました。
家を出ようとすると、
「あ…鍵がない…。」
鞄にもない、コートにもない、前日着ていた服のポケットにもない。
焦る焦る。
鍵なら夫も持っているので、「帰ってから探せばいいよ。」と言われたのですが、私の性格として、気になることがあったら楽しめない…。
「30分くらいなら遅れてもいいよね?鍵を探したい。」
と言って、探した挙句…なんとてことはない。
コートでなく、ズボンのポケットに入っていました。
もうとっくに、身に付けていたなんて…。(苦笑)
どうにか、予定していた公共交通機関に、走れば乗れそう。
おら、柳川さ行ぐだ!!
あたふたと家を出ました。
そして最終的には、予定通りの大牟田行き(柳川を通る)の西鉄大牟田線の特急に乗ることができました。
西鉄大牟田線は、南北に、福岡市から大牟田市をつないでいます。
途中に通る主な市を書いてみました。
大体、始発の天神から終点の大牟田市まで、特急で1時間、柳川市まで45分かかります。

引用:イラストACより。
さらに私の加筆あり。
さて、大牟田線の特急にも乗れて、しばらくすると、
「今日さ~、どれくらい時間がかかる?
早く戻れれば、久留米にも寄ってみたいんだけど。」
と、娘が言う。
そういえば、久留米は私も行きたいと思っていました。
久留米市美術館(昔の石橋美術館)の開館10周年記念展があるので、ぜひ見たいと思っていたところでした。
そして、出発も早かったし、先ほどの西鉄が出している観光切符の存在も知っていたので余裕余裕と思い、
「行けるよ行ける、早く戻ったら久留米で途中下車をしよう。」
と、話していました。
柳川についたのは10時頃。
韓国語やら、中国語が結構聞こえていたので、韓国や台湾からの観光客も多い感じ。
私たちは最初に、混雑するであろう川下りから楽しむことにしました。
川下りの会社は何社かあるのですが、その中で、私たちが利用したのが、水郷柳川観光株式会社です。

川下りコース(お掘巡り)は、水路の、濃い青色に部分です。

引用:水郷柳川観光株式会社公式ホームページより

手前の船に乗り込みます。

さあ、出発。
お天気が良くて何より。
約5km、1時間のコースです。
奥の橋の下をくぐります。

柳が水郷らしいですね。
水も多い。
前日雨が降ったので、なみなみと水をたたえています。
桜は、まだほとんど咲いていませんでした。

水路沿いの家には水路に通じる裏玄関があるそうです。
昔は、各家がこの裏玄関で釣りもできたのですって。
舟も、それぞれ持っていたそうですよ。

大きな水路から、水を引きこんでいます。

ゆったりとした雰囲気ですね。
もし、舟から落ちたら…
大丈夫。
深くないので、歩いて、岸に上がることができるそうです。(笑)

おおっ、これは水上マーケットか?!
甘味を売っています。
(この写真だけ見ると、東南アジアの雰囲気ですね。)

そして、私たちが追い越していく舟は、なんと…
花嫁行列ならぬ花嫁舟。
おめでとうございま~~~す!!
結婚式が見られて、超ラッキー!!
そういえば、柳川出身の琴奨菊関も結婚した時川下りをしていました。
(私はたまたまその時、テレビで見ていました!!)

赤い屋根の家は、現存する柳川最古の武家屋敷である十時(ととき)邸。
18世紀後期に建てられたといわれています。

ユキヤナギがきれいです。
実は、結構舟のスピードが速くて、シャッタ-チャンス!!と思ったら、通り過ぎてしまったり…の連続でした。
特に、花嫁さんの舟と出会ってからは、追いつかれないように(先を越されたら、花嫁さんの舟から全員が降りるまで、船着き場でスタンバイするのが礼儀だそうです。)船頭さんがさらにピッチをあげました。

川下り終着場です。
奥は柳川藩主立花家の別邸「御花」です。
舟を降りた時間がちょうどお昼前だったので、まずお昼ご飯を食べようということになりました。
私が考えていたのは有明海の海の幸を食べさせてくれるお食事処だったのですが、あいにく人が並んで並んで…
(まだ、12時にもなっていなかったのに。)
仕方なく、食事は後にすることにしました。
さて、3月といえば、お雛祭り。
舟をおりてからは、お雛様を中心に、柳川の街巡りをしました。
柳川のお雛様は、独特なお雛様の飾りがあります。
皆さんのよく知っているお雛様の周りに、色とりどりの「さげもん」を飾るのです。
「さげもん」があると、その空間はさらに華やかになります。
始まりは江戸時代末期といわれ、もとは、お雛様のかわりに、古着の端切れで小物を作ったのだとか。
吊り下げているものは、鶴や亀、鰻、えびなどの縁起のよい布細工のほか、鮮やかな糸で巻き上げた「柳川まり」をつるしています。
このような縁起物で、初節句の女の子の健康、無病息災、幸せ、良縁を願ったそうです。
まず、最初に行ったのが「古民家北島」でした。
一般住宅とのことでしたが…
お雛様は、個人的にはここが一番素晴らしかった…というか圧倒されました!!
写真で、雰囲気分かるかなぁ。

入口です。

一枚の写真の中に納めきれません。


空間いっぱいに所狭しと飾られています。
さげもんがが空間にゆらゆらしているので、とても豪華に見えますね。

お庭にも、お雛様が飾られていました。
お雛様も気持ちよさそう…。
次に行ったのは、北原白秋の生家です。
北原白秋(1885~1942)といえば、日本を代表する詩人です。
1885(明治18)年に、酒造業北原家の長男として生まれました。
詩だけでなく、短歌、童謡、民謡なども手がけました。
童謡としては、「まちぼうけ」「ゆりかごの歌」「からたちの花」などの歌が真っ先に浮かびます。
とくに、作曲家山田耕作と組んだ童謡が有名ですが、ほかにも、色々な作曲家が歌を作っていて500作の歌詞に2000曲の曲がつけられているそうです!!
(川下りの船頭さん談)
と、いうことは、一つの歌詞について、複数の曲がつけられたということですね。
すごい人気だったんですね。
さて、この北原白秋生家は、大火事で焼け残った北原白秋の生家の母屋を復元したものです。
北原白秋の生家では、柳川の商家の暮らしが偲ばれました。

入口。
いかにも商家という感じです。

店。
玄関入ってすぐの部屋です。
ここで、お客さんと商談をしたのでしょうか。

お座敷。
おぉっ、この時期だからでしょうか。
ここでも、お雛様が!

勘定部屋。
棚にあるのは帳簿と思われます。

ここは、書斎。
隠居部屋として使われたとのこと。
庭の離れにあります。

蔵。
漆喰の壁が、時代を感じさせますね!
中は、白秋の作品が載った雑誌などが展示されていました。

奥に入ると「白秋記念館」がありました。
ここには、北原白秋関連だけでなく、柳川の歴史民俗に関する資料も展示されていました。

すばらしい歌声。
誰も聞いていなかったけど、美しい鵜声に癒されて、しばらく椅子に座って、癒されていました。
大部分が白秋の童謡。
ギャラリーがいなかったのて、なんだか寂しいな、と思ったのですが、それもそのはず。
午後から、ロビーコンサートがあるので、その練習をしていたのです。
なるほど、歌い終わったら、ピアノを弾くの人おしゃべりをしています。
リハーサルと知らなかったので、お客さん(←私たち家族)がいるのに、結構ラフなスタイルだなとか、エンドレスで歌っているのかな、とか思っていました。(笑)
この方の歌声でないけど、北原白秋の代表的な童謡をいくつか載せますね。
引用:YouTubeより
引用:YouTubeより
山田耕作とタッグを組んだ童謡が多いです。
このほかにも…
引用:YouTubeより
この曲が北原白秋とは知らなかった…。
こんな感じの童謡を、引用したYouTubeに遜色のないほど素敵な声で歌っていました。

壁にかかった白秋の顔。
この写真が一番有名なのでは?
皆さんも1回は見たことがあると思います。

白秋生家と、記念館の間にも水路がありました。
さすが、水郷と言われる街。
白秋の生家を出た後は、さすがにお腹もすいて、どこか適当なところで(笑)、お昼ご飯も食べようよ、ということになりました。
ということで、長くなりましたので、ここから後のお話は、次回の投稿にしますね。
次回は、柳川の町を舟でなくて、歩きます!!
今日も、日日是好日。
P.S.
この度の熊本地震で、私が熊本在住でないにもかかわらず、お気遣いのコメントを多くの方からいただきました。
ありがとうございます。
私が住んでいるところで、こんなに揺れたのは、福岡県西方沖地震以来でした。
揺れを感じた時、どこか近くでとても大きな地震が起こっている、と直感しました。
震源地の熊本では、如何ばかりの怖さであったか。
7年前に熊本に行ったとき、前回の大地震で復興途中の益城町や、熊本市内でも熊本城の石垣が崩れたり、また、お寺のお墓の墓石が倒れていたりするのを目の当たりにしました。
因みにこの度紹介した北原白秋の生家も、今回また、ひび割れなどの被害にあったそうです。
このようなことが繰り返さているのかと思うと、心が痛みます。
今回の地震で、被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
これ以上被害が大きくならないことを願ってやみません。
一日も早く、平穏な日常が戻ってきますよう、お祈り申し上げます。





































































































オーストラリアのジャングル。


















