前回は柳川に行って、川下りや、古民家のお雛飾り、北原白秋の生家を訪れた話をしました。
gracedusoleil252525.hatenablog.com
今回は、その後のお話です。
さすがに、お昼を過ぎてから、お腹が空いてきました。
そこで、目についた看板の店に入ることに。
食べたのは、柳川名物として知られている鰻のせいろ蒸しでなく、「柳川鰻のひつまぶし」。
ひつまぶしといえば名古屋が思い浮かびます。
とにかく、せいろ蒸しの店は、どこも長蛇の列で…。
予約するって言ったって、わが家みたいにあっちにふらふらこっちにふらふらするような家族は予約がしづらい。(笑)
また、そもそも地元なので、せいろ蒸しはなじみが深く、特に執着はなく…
けれど、ひつまぶしなるものを食べたことがない。
ということで、こちらを選びました。

そのまま食べておいしい、山椒をかけておいしい、だしをかけておいしいと3度楽しめるらしい…。
で、どれもおいしかったですが、私は山椒をかけた食べ方が一番おいしかったです。
食べ終わってからは、ぷらぷらとお舟の通るお堀に沿って歩いていました。

橋の上の船頭さん。
船頭さんは、舟から橋に上って、橋の上から、舟に飛び降ります。
これは柳川ならではのパフォーマンスで、今から、橋から飛び降りるところです。
(このパフォーマンスをするかどうかは、川下り運行会社によります。)
この後は…

お口直しのスイーツ。
あまおういちごジェラードです。
お口もさっぱりしたところで、柳川藩主立花家の別邸御花に行って、大名家のお雛様を見るつもりでした。
柳川観光で、御花は外せない施設ですから。
でも、結婚式の披露宴がもうすぐ始まるので、しばらくお雛様は見れない、とのことで御花は諦めました。
あ~、藩主の別邸ってどんなところ?知りたかったなぁ。
とおっしゃる皆さん。
大丈夫。
ちょうどタイムリーに、旅とお宿のブログのすまりんさん(id:aranciarossa) が、御花について、詳しくユーモアのあるタッチで紹介していらっしゃいます。
それで、リンクを貼らせていただきました。
ふむふむ、中に入っていたら、このようなところを見学できたのか…。
このあと、水辺の散歩道を歩きました。
下に、私たちが歩いた散歩コースを分かりやすくお伝えしようと、お雛様巡りの地図を貼ったのですが、色がカラフルだし、字が小さすぎて分かりづらいですね。

引用:柳川観光協会公式ホームページより
それで、上記の地図に私たちが歩いたコースを、紫色で加筆してみました。
(それでも分かりづらいと思うけど、これが精一杯なので、どうぞ、ご了承ください。)
それから、緑色のアンダーラインをしている「さげもんミュージアム」という施設名を、ちょっとだけ心にとめて、読み進めていただければと思います!!


前編に書きましたが、川下りの舟がスピードが意外にも早かったので、ゆったり見たり聞いたりするには、やはり自分の足で歩くのが一番です。

大きなお雛さま。
遠くからでも見えそうです。

水辺の散歩道を歩くと、このようなの川下りの船を何艘も見かけました。
手を振ったら、皆さん、手を振り返してくださいました。(笑)

そろそろ、桜の咲き始め。

海辺の散歩道は、白秋道路と重なるところもあります。
昭和61(1986)年に「日本の道百選」に選ばれており、北原白秋が中学校へ通った道(今の伝習館高校)だそうです。

お尻からの写真ですが、北原白秋の詩にちなんだ「待ちぼうけ」の像。

ここも、桜の花がちらほら。
桜の開花宣言はまだされていません。

広々と気持ちのいい眺め。
住宅地でなくて、ゆったりとこんなところを毎日散歩できたら嬉しいなぁ。

桃の花。
お雛様の歌にもありますね。
♪~お花をあげましょ、桃の花~♪

あぁ、美しい!!

新島襄がアメリカから持って帰ったカタルパの種を、彼の門下生の宣教師がこの場所に植えたとのことです。
新島襄といえば、同志社大学の創始者ですね。
わたしは、大河ドラマ「八重の桜」をオダギリジョーを思い出します。

日本で最もポピュラーな宮川早生温州蜜柑発祥の地だそうです。
宮川謙蔵氏の果樹園で、普通の温州蜜柑の突然変異として、大正4(1915)年に発見されたそうです。
全国の早生蜜柑の多くがこの早生蜜柑をルーツとするとのことです。
ここから、海辺の散歩道を外れて、結婚式の舟が出る日吉神社に行きます。

日吉神社は、鎌倉時代の正応3(1290)年に、近江の国坂本(滋賀県)の日吉神社の分霊を移して鎮守の神としたそうです。
柳川で、もっとも古い神社とされていて、歴代の柳川藩主からの信仰も厚かったとのことです。
御祀神は大山咋神(おおやまくいのかみ)。
「山王さま」と呼ばれ、厄除けをはじめ、五穀豊穣、家内安全などの御神徳があります。

もう、三月下旬というのに、大きなお多福のお面が。
福をいっぱい貰えそう。

拝殿の前です。
ここでもお嫁さんが!!
人数が少なかったので、前撮りかな?
今日は、お嫁さんをいっぱい見られてラッキーだなぁ。
境内には、

インコに…

鶏に…
ほかにも、ウサギやヤギがいました。
ここから、水辺の散歩道を完全に外れ、今度は伝習館高校から、柳川駅のある東に向かいました。
まず。柳川よかもん館。
ここは、地元の人が、ぜひ寄ったらいいよ、と教えてくれた施設です。
野菜や新鮮な魚介類、柳川の特産品を売っています。
この片隅に、お雛様が。
ここにも、天井から大きなさげもんがつり下がっていました。
「日本一の巨大さげもん」だそうです。

写真からは、大きさがよく分からないですね。(苦笑)
この通りには、大小違いはありますが、あちこちの店先にさげもんが吊り下げられていました。

そして最後に、この通りの終着点「さげもんミュージアム」に行って、駅に戻ろうとしましたが…
そう⋯、先ほど、ちょっとだけ記憶にとどめておいてくださいね、書いた、地図で緑色のアンダーラインをした場所です。
ん…
地図の位置にない。
地図の位置にある建物ってこれよね…。 ↓

何かがおかしい、あっちに行ったりこっちに行ったりしていたら、そばで私たちを見ていたらしい年配のおじさんが、
「さげもんミュージアムを見に来たんやろ。地図に載っとうもんね。さげもんミュージアムというのは、ぽしゃったとよ。それなら、地図から外せばいいとにね。あんたたち、東京からわざわざ見に来たと言って、観光協会に文句言っとってよ。」
ですって。
あららららら~。
ここは、腹を立てるべきでしょうが、なんか、おじさんの言い方がおかしくて、笑ってしまいました。
「そりゃあ、わざわざ、遠くからここまで来たら、残念に思う人いっぱいいるでしょうね。」
と答えて、駅に戻ることに。
その途中、柳川古文書館が、やはりお雛様を飾っているということで、今度こそ、最後のお雛さまの見学をしようということになりました。

柳川古文書館。

(ピンボケですみません。)
お雛様の段々の下には柳川まりも置かれていますね。
ここを最後にと駅へ歩いていたら…
あれ、立派な神社がある!!
乗りたい電車まで、あと20分か⋯。
さらっと見ていきますか。
その神社は三柱神社。

三柱神社は、初代柳川藩主立花宗茂、その父戸次道雪、宗茂の妻誾千代(ぎんちよ)の三神を祀っています。
文政9(1826)年に柳川9代藩主立花鑑賢(あきかた)が、先祖を祀るために、当時別の場所で祀っていた戸次道雪を合祀して創建したそうです。
柳川城から見て、鬼門(北東)に位置して、城下を守っていたそうです。

参道の長さから、大きな神社であることが分かりますね。

庭園も広くて素晴らしい。
大きな神社なので、拝みに来るついでに散歩するのもよさそう。

お手水には、さげもんが…。

お祭りの時のような提灯の間を通り抜けて拝殿へ。

時間も時間だったので、手を合わせただけでした。
このあとは、急ぎ柳川駅に着き、無事電車に乗って帰宅の路へ。
思えば、帰りに久留米に寄るなんて、とても無理でした。
なんと柳川を出たのが既に5時半でしたから。
(時間に余裕があったら、久留米に寄るつもりでした。)
久留米市美術館の展覧会はどうしても見たかったので、後日行ってきました。
前編でも触れた柳川太宰府観光切符という、柳川と太宰府を1日で回ろうという切符は安くつくけど、じっくり見ようと思ったら、この2か所を1日で回るなんて、とても無理。
柳川で川下りをして、そのまま御花か、北原白秋生家、どちらかだけを見て、まっすぐ駅に戻って、太宰府に行くのなら、ありかもしれません。
御花と白秋生家どちらも行くとなるときついかも。
私たちは県内に住んでいるので、朝もそれほど早く行くこともなく、夜もそんなに帰りが遅くなることもなく、比較的ゆったりとできた旅でした。
それでも、御花を見ていたら、柳川観光しただけでも、帰る時間が非常に遅くなったと思います。(笑)
最後に、交通アクセスです。

引用:柳川観光協会公式ホームページより
さて、次回は、同じ県内だけど、かなりハードだった日帰り旅行平成筑豊鉄道の旅を投稿しますね。
今日も…日日是好日。


































































































































オーストラリアのジャングル。

















