泣いても笑っても日日是好日

人生は一期一会の連続。平凡な毎日でも、泣いても笑っても…

中国語入門者にお勧め…効果的なアプリ活用法

 

 

語学アプリ  デュオリンゴの一部分

 

はじめに

 

皆さん、こんにちは。

今回は、中国語を一から始めた私が中国語の検定試験であるHSK2級(大学の第2外国語を専攻して、1年間勉強した程度の難しさ)を受けるまでの勉強法を、ご紹介したいと思います。

 

中国語を勉強しようと思った時に考えたのが、

 

① お金をかけない

語学を勉強するにはとかくお金がかかるイメージがあります。

主婦である自分は、とにかくお金をかけたくなかった…。

 

② 片手間で勉強できる

だんだん集中力が鈍ってきて長時間の勉強は苦手だから、効率の良い勉強をしたい。

 

③ モチベーションを維持する

楽しみながら勉強したい。

 

 

今回ご紹介するのは、この様なことを考えながら行った勉強法です。

 

 

この記事が、中国語だけでなく、語学を勉強しようとする方にとって、こんな勉強の仕方があるんだと参考になれば幸いです。

 

 

ただ、とにかく早く上達したい方には、向いていない勉強法かもしれません…。(笑)

 

 

 

中国語を勉強したいなと思ったのは、ちょうど一年前です。

私の住んでいる福岡は中国や、韓国、その他のアジア人が結構身近に感じられるようなところです。

また、自分は東洋史や、漢詩が好きだったので、語学なら中国語をしてみよう、何か役に立つかもしれない、と思ったのがきっかけです。

 

 

しかし、まだまだコロナも流行っているので、教室には通いたくない。

できるだけ在宅で勉強したいと思っていました。

 

そこで、語学と言えば、すぐ思いついたのが…皆さんもおなじみのNHKの語学講座。

だけど、哀しいかな。

中国語講座は4月スタートなのです。

 

仕方がないので、インターネットでお勧めの本を探すことにしました。

 

最初お勧めの本を探していたのですが、なぜかオンラインで勉強できるアプリにたどり着いてしまいました。

しかも、それらのアプリは、大部分は、ゲーム感覚で楽しく勉強できる、しかも隙間時間でできる、といううたい文句のアプリがほとんど。

 

そこで、これらのアプリを中心に、勉強することにしました。

 

ほとんどが無料アプリです。

けれども、無料と言ってもそれはある程度までで、内容が高度になったら有料、もしくは一定時間を超えたら有料、文法だけ有料などなど、限定付き無料ばかりでした。

 

 

その中から私が選んだアプリが、まずこれです。

 

 

 

1 基本アプリ  ハローチャイニーズ

 

とにかく、楽しく勉強出来て入門者、初心者におすすめです。

 

発音、文法も丁寧で、すんなりと中国語の世界に入って行くことが出来ました。

イラストあり、効果音ありで、楽しく勉強できたのですが…一定のレベルまで進むと、有料の教材が多くなり、その時点で退会しました。

 

それでも、数か月は、このアプリで勉強しました。

 

www.hellochinese.cc

引用:ハローチャイニーズ公式ホームページより

 

 

 

 

 

2   基本アプリ     デュオリンゴ

 

ハローチャイニーズを退会して、次に利用したのがデュオリンゴです。

 

このアプリは、優れものです。

私が、一番多く勉強時間を費やしたのがこのアプリです。

 

デュオリンゴについては、こぴちょあさん(id:copichoa )がブログで、このアプリの楽しさを喜怒哀楽を交えて、興味深く紹介していらっしゃっていたので、ぜひ使ってみたいと思っていました。

 

こぴちょあさんのデュオリンゴについての直近の記事です。 ↓

copichoa.hatenablog.com

 

そして、親しくさせていただいているちまりんさん(id:chimaring)も、デュオリンゴで勉強なさっていらっしゃるのですって!!

 

ちまりんさんのデュオリンゴについての直近の記事です!! ↓

chimaring.hatenablog.com

 

 

仲良しのブロ友さんが一緒に頑張っているから、とても励みになりました!!

 

 

 

 

さて、このデュオリンゴのアプリについてですが、語学を勉強する人にとっては、メジャーなアプリなのではないでしょうか。

 

このアプリの一番いいところは、CMさえ見れば、無料で最終コースまで進めることです。

中国語の最終コースは、今のところ単語が1000字+αくらい出てくるようです。

 

また、このアプリを使っている世界中の人と友達になったり、競争したりして、モチベーションを上げることが出来ます。

 

さらに、このアプリは中国語だけでなく、色んな語学が勉強できるようになっていて、

実はわたしもせっかくだからということで、英語を一から勉強しています。

 

因みに英語のカリキュラムのほうが、中国語よりはるかに充実しています。

英語のカリキュラムをマスターしたら、英検準2~2級くらい語学力が身に着くと書いていたサイトがありました。

 

 

短所もあります。

 

短所は、文法の説明がないこと。

文法は、よく似た文章がたくさん出てくるので、法則を自分で見つけてね、という事でしょうか。

 

曲がりなりにも、最初ハローチャイニーズから始めてよかったです。

ハローチャイニーズは、文法の説明が丁寧です。

デュオリンゴは、ハローチャイニーズですこし中国語に慣れてから、始めることをお勧めします。

 

また、文法については、NHKラジオ講座に頼りました。

この講座については、後述しますね。

 

 

ja.duolingo.com

引用:デュオリンゴ公式ホームページより

 

 

3   基本アプリ     スーパーテスト

 

ハローチャイニーズやデュオリンゴに似ているけど、面白味というか、ゲーム的要素が全くありません。(笑)

そして、基本の勉強は、一日5分勉強したら、もう先にすすめなくなります。

 

ただ、HSK試験に特化した勉強ができます。

 

しかも、基本のカリキュラム以外なら、単語だけとか、リスニングだけの項目や、HSKの過去問3回分、模擬テスト3回分などが時間制限なしに勉強できます。

もっとも、過去問、模擬テストの無料は、SNSで紹介した場合に限られます。

 

このアプリの優れているところは、とにかくリスニングが充実しているところです。

試験が近づいたら、このアプリのリスニング部分を繰り返し聞いていました。

 

www.hskonline.com

引用:SuperTest公式ホームページより

 

 

4 単語アプリ  HSK公認単語トレーニン

 

私が、唯一課金したアプリです。

HSKの各級ごとに、出てくる単語と、例文が網羅されています。

私の学生時代のシケタン(あ~、わたしの歳が分かる~…(笑)を、音声付きアプリにしたものと思っていただければいいです。

そうそう、いまどきは、キクタンなるものがあるそうな。

 

課金は、たとえば、1級(158語)480円、2級(207語)480円、3級(343語)650円でした。

本を買えば、各級1000円を下らないことを考えれば、アプリは格安です。

HSK公式なので、各級のテストにおける単語のカバーもばっちり(なはずです)

 

因みに、デュオリンゴを最後まで進めて1000文字+αのカバーが出来るので、HSK3級までなら、単語数だけでいうとデュオリンゴだけでクリアできるのですが、このアプリで試験に沿った単語が羅列されているのは心強いです。

 

このアプリも、試験1ヵ月を切ってから、ひたすらBGMのように聞き流していました。

 

 

ch-edu.net

引用:SPRIX公式ホームページより

 

 

5 リスニングアプリ   中国語耳ゲー

 

中国語の発音は独特です。

おなじ、「マ」の発音でも、上がったり、下がったり4つの発音があります。

また、「~n」と「~ng」は、日本人がぼ~っと聴いたら、どちらも「~ん」としか聞こえません。

しかし、微妙な発音の違いがあります。

このような、発音聞き分けのトレーニングアプリです。

 

中国語に耳を慣らすためにはお勧めのアプリです。

しばらく、さぼっていると、聞き取れない発音が多くなるので、そういう意味でも重宝しています。

 

majestech.co.jp

引用:マジェスティック合同会社公式ホームページより

 

 

6 辞書アプリ  手書き辞書中文

 

中文とは、中国語の事です。

中国語は、簡体字など、日本語では使わない漢字も多いので、検索するのが大変です。

 

しかし、この辞書があれば、分からない漢字を手書きで検索して調べることが出来ます。

 

収録単語数が若干少ないとのことですが、わたしのような初心者にとっては、まったく問題ありません。

 

収録してない単語があれば、そのままその文字がオンラインに飛んでいくので、そこで検索できます。

 

人に聞くことが出来ない独学では、このアプリも重宝しました。

 

play.google.com

引用:Google  Play より

(公式ホームページを見つけることが出来なかったので、Google  Play から引用しています。App  Storeにもあります。  )

 

 

 

7 ラジオ講座  まいにち中国語

 

最後に、アプリではないけど、私が毎日聴いているNHKラジオ講座をご紹介したいと思います。

 

そもそも、ラジオ講座を中心に勉強したいと思ったのですが、中国語を始めたのが1月だったので、新しく開講する4月まで待って、ラジオを聞き始めました。

 

昔ながらの正統派の番組ですが、中国語の先生が解説してくださるという事もあり、とても役に立ちました。

 

特に、文法がカバーできます。

 

半年で、一通り終わるのですが、当然1回聞いただけでは追いついていけず、最後の1~2ヵ月は聞かずじまいでした。

今、2巡目を聞いているのですが、こんな私でも4月に聞き始めたことには分からなかったことが、少しずつ分かることが増えてくるから不思議です。

 

 

とはいっても、本当に少しずつなので、2巡目でも、このラジオ講座のレベルはマスターできません。

だから、来年も聞こうと思います。

 

このテキスト代は…もちろん…有料です。(笑)

 

www.nhk.or.jp

引用:NHK公式ホームページより

 

 

 

おわりに

 

いかがでしょうか。

 

私が使った教材を書きだしてみました。

 

アプリで一番使用したのが、デュオリンゴです。

デュオリンゴは、HSKのテストとは関係ないけど、楽しく勉強できるカリキュラムでした。

 

ただ、単語を除いて、私が今回受けたHSK2級が、文法としては限度のレベルかなぁ、とも思っています。

 

しかし、前述のように収録単語数は1000字を超え、楽しく勉強して、気が付いたら、単語もこんなに覚えていたという、ありがたいアプリなのです。

 

だから、最後までカリキュラムを終えた今でも、単語数がそれなりにあるので、覚えた単語を忘れないよう復習するするのに重宝しています。

 

 

 

次は、HSK3級を目指して頑張ります。

 

今度はさすがに、アプリだけでは心許ない。

紙のテキストも、使おうと思います。

 

また、中国語の学習については、YouTubeでも、たくさん発信されているみたいなので、こちらの方もちょっと検索してみたいと思います。

 

 

因みに、語学に限らず、いろいろな資格の勉強のための無料の学習アプリは、結構あるみたいですよ。

 

「この資格、取りたいけどどうしようかな?」

と思われる方は、この様なの無料アプリがあるならば、ちょっとだけ試してみて、

「うんうん、もっと勉強したくなった。」

と思ったら、本格的な学習方法を検討されたらいかがでしょうか。

 

最初から通販とかして高額なお金を払って、ギブアップしたら高くきますものね。(笑)

 

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

 

 

 

中国語検定HSK2級の受験レポート…中国語初心者が頑張りました!!

水鏡天満宮の紅梅が、早くも咲きだしました。

福岡市の繁華街である「天神」は、この天満宮に由来すると言われています。

 

 

 

 

さて、昨年12月に、中国語の検定試験HSK2級を受けました。

 

今回はその試験についてのレポートです。

 

中国語の検定試験は、中検(いわゆる日本の中国語検定)、HSK試験(中国政府公認の検定試験でリスニングと筆記)、HSKK試験(中国政府公認の検定試験で会話)をはじめ、まだまだ多岐にわたります。

 

で、私が選んだのがHSKの試験です。

HSKは、宣伝通りなら、中国語の検定試験の中で、一番人気のある検定試験だそうです。

 

はじめは、中検もいいなぁ、と思っていたのですが、HSKの方がしょっちゅう開催されていて、思い立ってから比較的早く試験が受けられることから、こちらを選びました。

 

で、このように2級って書くと、さぞかし上級でしょうね、と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

 

実は、HSKは中検と逆で、1級、2級…と難しくなっていくのです。

なので、私が受けた2級は下から2番目で、大学生が、第2外国語で1年間勉強して受けるくらいのコースだそうです。

 

 

因みに3級まで、初心者コースと言われています。

 

HSKの試験の申し込みは、オンラインの公式サイトに登録して申し込みます。

 

www.hskj.jp

 

申し込んだら、試験の10日前に、受験票と会場の案内が自分のマイページに届きます。

 

その後は、鉛筆や、身分証明書などを用意して、当日に備えます。

 

 

私が受けた会場は、九州大学大橋キャンパス。

昔の九州芸術工科大学(こういうネーミングの方が馴染んでいると言ったら、私の歳が分かりそうですね…笑)で、今は九州大学の芸術工科学部があります。

 

会場へは、電車で行きました。

 

 

西鉄大牟田線のこんな電車に乗って…

 

 

 

 

最寄りの大橋駅で下りました。

 

大橋駅から九州大学大橋キャンパスまでは、歩いて約10分です。

 

え~っと、行き方は…

あっ、簡単簡単。

大学は、大通りのすぐそばにありました。

 

 

 

朝9時半からの試験で、40分前には会場へ到着。

朝は寒かったので、厚着をしてきて正解でした。

 

会場に着いたら…

 

まだ、建物の中には入れません。

既に、外で待っている人もちらほら。

 

 

皆さん、参考書を見たり、イヤホンをつけて口を動かしていたりしていました。

 

かくいう私もベンチに腰を下ろして、イヤホンをつけてリスニングのおさらいをしていました。

 

待つこと20分くらい?

 

寒さが身に染みるなぁ、と思いだしてきたとき、やっと建物に入ることが許可されました。

 

カイロを持っていって正解!

 

 

午前中は、2級と4級と6級の試験があります。

 

それから、受験票、身分証明書の確認があり、いよいよ教室の中へ。

 

外で待っているときは、大学の大講義室のような備え付けの長机長椅子で、隣の人と間隔を置いて試験を受けるものと思っていました。

 

けれど、実際は高校の教室みたいに、普通に持ち運びができる机と椅子に座っての受験でした。

 

ただ、机も椅子も白を基調としたものでお洒落でした。

さすが芸術と名の付く学部の教室です。

 

 

周りを見渡すと、大学生か、もしくは彼らとほぼ歳が違わないだろうな、と思われる社会人と思しき人ばかり。

 

彼らをどんなに、若作りしているんだと思い込もうとしても、私が一番年上の様でした。(笑)

 

おそらく、私くらいの年齢の人は、初心者コースなどとっくの昔にクリアしているんでしょうね。(笑)

 

ところが、最後に

「間に合いますか。」

とどたばたと入ってきた人は、白髪頭のおじいさん。

 

おぉっ、と思い、なんだか嬉しくなっちゃいました。(笑)

 

その後、テストが始まります。

 

試験を受ける前、オンラインの過去問を解いていたので、試験の流れは大体つかんでいました。

 

 

まず、試験監督者が、教壇に置いてあるCDプレーヤー?カセットデッキ?を押して、

「後ろの席の方、聞こえますか?」

と言われる。

 

そう、はじめにリスニングの試験がありました。

リスニングは、この、CDプレーヤーから流れる文章を聞き取るのです。

 

問題用紙を開いたら…

 

あれ?

 

音声にふさわしい写真を選ぶのですが…

 

問題用紙に張り付けてある写真が、全部モノクロ。

はっ???

 

家で、過去問を解いていた時は、写真はカラーだったのに…。

 

もっとも、問題用紙が西洋紙?ざら版紙?に印刷されているので、考えて見ればモノクロで当たり前なのですが…。

何だか勝手が違うなぁ、と思いながら解いていました。

 

あまり考える暇がなくて、次から次に、問題が流れていきますので、分かろうが分かるまいがキーワードとなる単語を参考にえいっ!と、答えに印をつけます。(苦笑)

 

 

リスニングが終わると、次はリーディングです。

 

リーディングは、日本人なので、外国人に比べて漢字を日常的に使用している分だけ、アドバンテージがあります。

(問題は、世界共通らしい…)

 

だから、私もそうですが、皆さん、かなり早く解き終わったみたい。

(一番後ろの席だったので、皆さんの様子がよく分かるんです…笑)

 

マークシートなので、一問ずつずらしてマークしてないかなど、確認しているうちに試験は終了。

(リスニングについては、見直ししたくてもできないので、そのままです…笑)

 

そして、問題用紙は回収されました。

 

時間は50分くらいで、あっという間。

 

これで、この勉強の一年の締めくくりが無事終わりました。

 

たった50分の試験でしたが、この日はどっと疲れて、家へ帰っても何もする気がせず、映画を観たり、大好きなナンプレをしたりして、遊んでばかりでした。(笑)

 

大学から帰る途中で、駅の裏側に飾っていたクリスマスツリー。

もう今の時期では、すごいタイムラグを感じます。(笑)

 

 

 

 

 

さて、この一年間を振り返ってみると…

 

中国語の学習は、最初、家事やアルバイトの合間合間にちょろちょろっと勉強していたので、亀の歩みのような進度でした。

 

それでも、一年近く勉強したら、さすがにちょっと腕試しをしてみたくなりました。

 

 

だから、実際に真剣に取り組んだのは、最後の1か月間くらいでしょうか。

 

リスニングに弱かったので、最後の1か月間は、音声の例文をBGMのように一日中聞きながら、家事をしていました。

 

 

 

さぁ、結果も上々だったし、今度は、もう一つ上の級である3級に挑戦しましょ!!(宣言!!)

 

 

次回の投稿は、この一年、どんな教材で勉強したか…

私がしたストレスレスで、楽しい勉強法を書きますね。

 

 

今日も…日日是好日

 

 

P.S.

 

オンラインで送られてきた合否通知の一部です!!

紙の通知は、2月に来るそうです。

 

 

與止日女神社…ここは九州の嵐山ですって?!

與止日女神社  二の鳥居  駐車場側入り口 

 

 

 

松の内過ぎたから…

 

明けましておめでとうございます。

 

でなく、

 

寒中お見舞い申し上げます…

 

ですね。

 

父の3回忌を終えてから投稿しようと思っていましたので、ちょっと遅くなりました。

 

そして、お正月の地震で、被災をされました方に心よりお見舞い申し上げます。

地震に、飛行機事故、北九州の火事、新年早々、言葉を失いました。

 

ただただ、これからの日々が穏やかな日であってほしい、そして被災された皆さんが1日でも早く安心できる生活に戻ってほしい…心からそう願います。

 

 

 

さて、我が家では…

今年は、我が家は、前厄やら、就活やら、人生の節目となる人が多いので、お正月にご祈願をしていただきました。

ご祈願なんて七五三以来…と思ったら、2年前の自動車事故を起こしたあと、車の祈願をしていました…。

 

今回は、諸物価上昇中…

お財布と相談しなければいけないので、家族一緒にできる家内安全をお願いしました。

 

 

そして、ご報告があります。

HSK2級に合格しました!

 

3日が結果発表でした。

 

いやぁ、嬉しいですね。

それで、わたしの今年の目標は、中国語検定HSK3級に合格すること、にしました。

 

また、一つ一つ前に進んでいこうと思います、

 

試験についてのレポートは、次回書くことにして、今日は今年最初の投稿なので、初詣に因み、神社紹介を書きたいと思います。

 

といっても訪れたのは、夏のことですが…。(笑)

 

 

 

 

それでは、今年も、どうぞよろしくお願いします。

皆様に、福あれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、これは昨年の夏のお話…。

 

お盆休みに、次女が帰省してきて家族が揃ったので、日帰りで佐賀の古湯温泉に行きました。

 

昔、佐賀県に住んでいた頃は、社宅からも近くよく行ったのですが、佐賀を離れてからは久しぶりです。

 

古湯温泉の歴史は文字通り古く、今から2200年ごろ前に、日本に不老不死の薬を探しに来た徐福が発見した、との伝説があります。

 

また、近代では青木繁(1882~1911)、斎藤茂吉(1882~1953)なども訪れた由緒ある温泉郷だそうです。

 

そして、その帰りに肥前国一宮の與止日女神社(よどひめじんじゃ)に寄りました。

今回は、この紹介をしたいと思います。

 

與止日女神社は、嘉瀬川…別名川上川…と言う川のほとりにあります。

 

そして、そして、この一帯は、川上峡と呼ばれています。

別名九州の嵐山と呼ばれているそうな。

嘉瀬川の両側に山が迫っていて、さながら京都の嵐山観たいということから、名付けられています。

 

以前来た時は、鯉のぼりの季節でした。

川の上の多くの鯉のぼりが、風になびいていて、空に向かって泳いでいました。

なかなか壮観でしたよ。

 

 

それでは、案内の看板「與止日女神社略記」とウイキペディアを参考に、由緒などをご紹介しますね。

 

與止日女神社は、別称「淀姫神社」「河上神社」、通称「淀姫さん」と呼ばれているそうです。

 

創建は、『肥前国風土記逸文によると、欽明天皇25(564)年。

 

ご祭神は與止日女命(よどひめのみこと)

 

この神様は、神功皇后の妹とも豊玉姫(竜宮城の乙姫様)とも言われます。

 

ご神徳は、海の神、川の神水の神、農業をはじめとする諸産業、厄除け開運、交通安全の神様とのことです。

 

また、鯰は與止日女命のお使いとされて、この辺りでは鯰は食べなかったそうです。

 

元寇として知られる弘安の役(1281年)では、與止日女大神の神霊が敵の船を粉砕した、と伝えられているそうです。

 

 

 

 

 

また、北九州地方には、與止日女命を祀る神社が多数あり、そのうちの6社が嘉瀬川流域にあるとのことです。

 

 

 

 

さっそく、お参りをしましょう。

 

 

 

駐車場から、嘉瀬川が見えます。

 

ここは大和町と言うところですが、嘉瀬町と言う嘉瀬川下流の河川敷では、11月上旬に佐賀インターナショナルバルーンフェスタが開かれます。

 

佐賀市内に住んでいた時は、よく風に流されて飛んでくるバルーンを見かけました。

乗っている人の顔が見えそうなくらい低い所を飛んでいることもありましたよ!!

 

と、さっそく話がそれてしまいましたが…

神社の話に戻しますね。

 

 

暑い日の参拝では、休憩できる木陰がありがたい。

 

 

河川敷に降りて行って、ボートに乗ることもできます。

 

 

それでは、拝殿の方へ進みましょう。

 

鮮やかな緑の木々に囲まれた参道を進むと、三の鳥居(佐賀市指定重要文化財) があります。

 

三の鳥居   

佐賀藩初代藩主鍋島勝茂(1580~1657)が慶長13(1608)年に寄進したもの。

 

 

この鳥居は石造りで、肥前鳥居と言うそうです。

肥前鳥居とは、室町時代から、江戸時代初期にかけて多く作られた鳥居です。

特徴としては、鳥居の笠木と島木が一体化して両方の端が流線形に伸びている形で、更に柱が、下に行くほど太くなっている形で、佐賀県全域で見られる鳥居だそうです。

 

参考までに、鳥居の名称の図を載せますので、参考になさってくださいね。


f:id:gracedusoleil2525:20230917162712j:image

引用:ウイキペディアより

 

 

 

 

鳥居をくぐって、東側 (嘉瀬川側)を見ると…

 

子宝に恵まれるという自然石の「金精さん」f:id:gracedusoleil2525:20230917163227j:image

看板によると、この石は男根の形をした自然石で、昔子どもが授からなかった與止日女命が、この石に触れながら祈願したら、色が白く肌の美しい玉のような子どもが授かったとのことです。

 

ここで語られる與止日女命は、神功皇后の妹とのことで、神功皇后新羅出兵の折にここに滞在していたと言われています。

 

 

 

 

西側を見ると…

 

お手水

まだまだ、消毒液が手放せませんね。

 

 

ご神木

青々として立派ですね。

 

 

 

 

東側(川側)のご神木   夫婦杉

神社にお参りした後に、この杉の周りをまわると夫婦、恋人、友人同士が仲睦まじく、更に家内安全、子孫繁栄と三つの願いが叶うそうです。

 

 

夫婦杉を見上げたところ。

見上げたら、凄く高い。

二つの木が1本になったみたいです。

 

 

やっと拝殿に着きました。

 

 

ここで、世界平和と、家族の健康、夫婦円満をお祈りいたしましょう。

2礼2拍手1礼‼️

 

今回も、温泉の帰り道に懐かしさのあまり、ふらっと寄っただけなので、写真をとるのを忘れていましたが、拝殿の中の天井にはたくさんの天井画がありました。

 

 

ところで、この與止日女神社から約7キロメートル離れたところに『肥前風土記』にも記されている、巨石パークと言うところがあります。

 

佐賀市の公式ホームページの説明によると、標高200~350メートルの地点に10メートル以上の巨石群が17基点在しているそうです。

 

そこは、與止日女神社のご神体と考えられているとのこと。

 

古代祭祀の跡が今も残っているのですね。

 

 

私は、もう20年以上も前、興味半分で、巨石パークに行った事があります。

 

もう、夕方近くなっていたでしょうか。

 

パークというわりには、整備もされていなくて、薄暗く、足場も悪いなかを登ったのですが、何だか気味悪く怖くなって途中でリタイヤしました。

 

当時は、もちろん與止日女神社と関係があるなんて知りませんでした。

(というか、與止日女神社との関係は、この記事を書いていて初めて知りました。)

 

 

今は、色々整備されて、巨石パークは‥釣り体験コーナーなどがあって、手頃なハイキングコースとして、文字通り楽しい所、パークみたいになっているみたいですよ。

 

 

もっと、先に進みましょう。

 

西側にある境内社の與止日女天満宮

 

受験の神様としてだけでなく、ぼけ封じの神様としても信仰を集めているそう。

 

この時は、

年内に語学の検定試験を受けたいが、なかなか身に着かない。

どうか、もっと実力がアップしますように。

…と言うようなことを拝んだような気がします。(笑)

 

 

 

 

やはり拝殿の西側にある巨大なご神木

凄く大きな楠の根っこ。

 

見上げると…

立札にはによると、今から約370年前(立札が2013年にできているので、今からは380年前ですね。)、明国の僧がこの大楠を見て、

「珍しい大木である。大唐四百余州広しといえども、恐らくかかる大木は見られまい。」

と驚いたとのこと。

 

佐賀初代藩主の鍋島勝茂はこの話を聞いて、石垣を作って、国を守る霊木として保護したそうです。

 

さて、この大楠は樹齢約1500年。

という事は、植えられたのはえ~と、え~と、聖徳太子が生きていたくらいの時代?

わぁ~、古いですね。

 

高さは30メートル余り、幹の周りは27メートルあります。

 

残念なことに、江戸時代後期に落雷に遭ったそうです。

だから、今私が見ているこの木は、その後に生えてきた木ということになります。

火事で焼けなかったら、どれくらい高くなっていたことか。

 

 

因みに佐賀名木100選に選ばれていますよ。

 

 

拝殿を進むと本殿が見えてきました。

本殿を西側から見たところ。

重厚な雰囲気が、歴史の古さを感じますね。

 

西門(佐賀県指定文化財

本殿側の出入り口です。

元亀4(1573)年の建立。屋根は本瓦葺、切妻作りだそうです。

この年は室町幕府が滅んだ年です。

これまた古い。

 

 

本殿の裏をぐるっと回って、東側の川の方に行くと、展望台と言うか、川を見ながら休憩できるようになっていました。

赤い橋がレトロですね。

 

なるほど、川上峡は美しい。

さらに初夏の鯉のぼり、秋は紅葉を楽しむことが出来ます。

 

 

 

ところで、『古事記』に景行天皇の皇子の小碓命(おうすのみこと)が、九州で悪さをする熊襲建(くまそたける)を征伐するする話があります。

 

 

熊襲建が宴会をしているときに、女装して近づき、熊襲健を刺殺するという話です。

熊襲建は死ぬ前に小碓命に「倭建(やまとたける)」と名乗るように進言したと、記されています。

 

この與止日女神社のある大和町では、このときの話が町内の昔話として伝わっています。

大和町史』によると、熊襲建は、小碓命に倭たけると名乗らせ、自分は、この地方の名前をとって川上建と名乗ると言って、死んだそうです。

 

川上建のお墓も大和町の町内にあるとのこと。 

 

 

本当の話かは分かりませんが、モデルとなった出来事があったのかもしれませんね。

 

吉野ヶ里遺跡もここから13キロメートルしか離れていませんし…。

 

この大和町は、結構古代史のキーポイントとなる土地だったのかも。

 

因みに、景行天皇が実在していたら、4世紀ごろの人と、ウイキペディアにあるので、その頃のお話だと思います。

 

 

さてさて、與止日女神社

古い神社ならではのすがすがしさと、ご神木も沢山あって、緑も多く、ここから見られるゆったりとした川の眺めは心を落ち着かせてくれます。

 

お参りするときは、古湯温泉や川上峡温泉とセットで来たら、より楽しめそうですね。

秋のバルーンフェスタや、初夏の鯉のぼりの季節がいいかも。

 

海外からの観光客がいない分、季節の移り変わる情緒をしっかり体感できるかも。

 

なんといっても、與止日女神社のある川上峡は九州の嵐山だそうですから‼️

 

 

 

 

 

では、さいごに、アクセスです。

 

與止日女神社

引用:グーグルマップより

 

① 自動車

  長崎自動車道の佐賀大和ICから車で2分

 

② バス

  佐賀駅バスセンターから、バスで25分

  昭和バス(古湯行き)に乗って、川上橋で下車。

  そこから徒歩2~3分。

 (結構、佐賀駅から近いのですが、バスの本数が少ないです。平日は1時間に1本、土日は2時間に1本程度です。)

 

 

 

 

巨石パークについては、佐賀市公式ホームページからどうぞ。

 

www.city.saga.lg.jp

 

 

 

 

今日も…日日是好日

週末のリフレッシュタイム…私の映画鑑賞 3


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今年も行きました。イルミネーション探訪。

博多駅は、すごい人人人です!

 

 

みなさん、こんにちは。

今年もいよいよ残りわずかとなってきましたね。

このブログも、今年最後の投稿になりました。

 

最後の投稿は、夏から秋に見た映画です。

はやく投稿せねば、時期がずれまくると、焦って書きました。(笑)

 

 

 

まずは、これ。

イムリーなときに見ました。

 

 

1.憧れを超えた侍たち(2023年)

 

それは、まだ、WBCの興奮が冷めやらぬ時だった……。

 

 

 

娘と、夫は映画館まで足を運びましたが、私はアマゾンプライムで公開になってから見ました。

 

WBCをリアルに見た時も興奮しましたが、この映画も面白かったです。

まず、タイトルで笑ってしまった。

大谷選手のセリフがそのままタイトルになっているじゃない…。

 

大谷選手と言えば、ドジャースに行きましたね。

あの契約金のものすごいこと。

大谷選手くらいなら当たり前の額なのでしょうが…それにしても…

ため息が出ます…。

 

新聞で読んだ大谷選手のエンゼルスへの感謝のと、ドジャースへの抱負のコメントが、素晴らしくて、さっそくインスタをフォローしました。(笑)

 


www.youtube.com

 

内容はもう書くまでもありませんが、侍ジャパンWBCで優勝するまでのドキュメントです。

 

大谷選手をはじめ、けがをおして出場した源田選手や、みんなのお兄さんみたいなダルヒッシュ選手の魅力の再認識、不調だった村上選手がやっと打てた時の感動…

もう一度よみがえってきました!

 

そして、栗山監督って、夢を追う情熱的な方なのですね。

私にとって、栗山監督が一番魅力的でした。(笑)

栗山監督を主役にして、映画を作ってほしいです。

 

憧れを超えた侍たち…是非是非おすすめですよ。

 

 

そういえば、野球といえば、ソフトバンクホークス

今年のホークスはまったく‥‥。

今年のホークスはまったく‥。

 

来年こそ…がんばれホークス!

 

と言うことで、次にいきましょう。

 

 

 

2.羊と鋼の森(2018年)

 

このお話は本屋大賞に選ばれていましたね。

今、小説の方を読んでいる途中なのですが、このお話は映画を先に見ました。

 

ピアノの調律師のお話です。

 

主役は、ピアノの調律の奥深さに魅せられて、調律師の道を選びます。

そして東京に出て、調律専門の学校を卒業したのちに、地元に戻って就職します。

 

同じ職場で働く調律師の先輩や、ピアノの調律で訪れる家々のひとと触れ合いながら、人としても成長していく…そんな成長物語です。

 


www.youtube.com

 

特別すごい何かがおこるという訳ではないけれど、静かな日々が流れていく中での成長物語…そのように感じた映画でした。

 

因みに主役の朴訥な青年に山崎健斗が演じていましたが、朴訥と言う形容詞がぴったりだな、と思いました。

キングダムのかっこいいイメージとがらりと変わる役でした。(笑)

 

 

ところで…

 

ピアノの調律を実際に見たことがありますが、この映画の様にもっと明るい音をとか、重厚な音をとか注文を付けたり、またその希望を叶えるべく調整してくれるなんて、知りませんでした。

 

お話だからかな、主人公は、調律に哲学的意味を見出しているように思えました。

が現実には、いつもさらっと、調律していただいて、

「ありがとうございました。」

でおわり。

 

今度、調律していただく時は、「羊と鋼の森」を見たんですよ、と言ってみよう(笑)

 

 

3.フォレストガンプ/一期一会1994

 

山あり谷ありの一人の人生を描いた映画です。

この映画を見ながら、七転び八起きとか、人間万事塞翁が馬と言う言葉を思い出しました。

 

フオレストガンプが、バス停でバスを待つ人に自分の人生を語るところから始まります。

 

足に障害を持った少年でしたが、母親の愛に慈しまれ、またかけがえのない友達に出会います。

そして、いつしか足は治り、非常に足の速い少年となり、フットボールで活躍し、ベトナム戦争に行き、アメリカに戻ってからは船に乗ってエビ漁をしてり…様々な体験をします。

 

順風満帆ばかりでない人生ですが、常に誠実に、そして前向きにものごと立ち向かっていきます。

 


www.youtube.com

 

足がとても速いキャラですが、人生をも駆け抜ける…そういうダブルの意味があったりして…。

 

主題から全くずれた感想かもしれません。

 

 

副題の一期一会はつけられた意味を考えていたのですが、名声を追うばかりでなく、一度しかない人生を、できる限り自分の心に忠実に生きた…と言うことなのでしょうか。

 

洞察力に乏しい自分にはよくわかりませんでした。

 

 

実際のケネディ大統領が出てくるような歴史的映像に、フォレストガンプがうつりこむようにしている…そういう技術があるのですね。

面白いと思いました。

 

残念なのは、主人公に愛する人…お母さんや恋人…が次々に亡くなること。

最近の私には、哀しい場面はついていけません。

 

 

 

今回は、以上です。

いかがでしたか?

 

また、思白そうな映画を見ましたら、投稿しますね。

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

 

 

P.S。

 

ブロガーの皆さん、今年も大変お世話になりました。

ありがとうございます。

 

今年は、健康面以外は、充実した満足のいく年でした。

また夫や、子ども達にとっても来年は人生の節目となる大切な年です。

気を引き締めて、良い年にしたいと思います。

 

それでは、皆さんもどうぞ、良いお年をお迎えして下さいませ。

皆さんにとって、来たる年が、充実した実りのある年となりますように。

 

 

 

 

 

おのぼりさん、東京へ行く その4 ( 最終回)…旅は行くも楽し帰るも楽し

皆さん、お久しぶりです。

 

先日の投稿では、多くの方々にのエールをいただきました。

感謝感謝です。

おかげさまで、中国語の試験を無事終わらせることが出来ました。

 

試験が終わってから、すぐ投稿しようと思ったのですが、なんだかほけ~っとしてしまって、なかなかエンジンがかかりませんでした。

 

それにしても、この中国語の勉強は自分にとって、いい体験となりましたよ。

忘れかけていた、目標に向かって一生懸命に物事に取り組む…

そういう姿勢を思い出させてくれました!!

 

また、結果が分かってから、試験についてレポートしますね。

落ちたら、しないかもしれない。(笑)

 

そして、ブログを休んでいる間、時々私のブログを覗いてくださった方々、ありがとうございます。

気にかけていただいて、とても嬉しかったです。

 

 

現在、今回に限らず投稿の間隔が何かとあくので、書きたいことがどんどんたまっていっています。

 

せめて、このようなイベント…中国語の試験…がなければ、一月に2回は投稿したいと思いっているのですが、なかなか…。(苦笑)

 

 

また、ぼちぼち投稿しますので、これからもどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、3回にわたってきた東京旅行のお話も、最終回となりました。

 

旅行は6月。

一日目は神田明神国立西洋美術館、ディズニーランドに行きました。

二日目は、鎌倉に行きました。

 

今回の話は、鎌倉から東京に戻ってきたところからの話です。

 

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

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さて、鎌倉から戻って、お夕飯を食べたのは有楽町。

 

東京に戻ってきたので、ここからやっと、旅行支援クーポンが使えるようになりました。

 

お夕飯は、高架線の下のお洒落な店で牛タンを食べました。

 

そのあと、ぶらぶらと銀ぷら‥でなく、有楽町をぶらぶら。

 

 

まず、帝国劇場を見ました。

 

これがかの有名な帝国劇場なのですね。

もうすぐ、リフォームするとか。

 

(上の写真は、ルパンのお芝居のポスターなのですね。ぼーっとみていたので、ハリー・ポッターのルーピン先生が主役のお芝居と思っていました。だって、綴りでなんとなく連想される感じで…。つい先日、新聞の広告で初めて勘違いをしたことに気がつきました…笑)

 

皇居も、道路を隔てた向こうにに見えました。

暗くて、良く見えなかったけど。

 

そして、東京宝塚劇場


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この建物がそうなんだ~、と見ていると、その建物から、おしゃれな格好をした人がたくさん出てきましたた。

お芝居が終わったのでしょうか。

 

 

この人混みを見て娘が、

「電車の人が多くならないうちに、駅に戻ろうよ。」

と言ったので、そこで、引き返しました。

 

 

このあと、池袋のサンシャイン60へ。

 

このサンシャイン60‥思い出のビルです。

 

学生時代、東京に友達のところへ遊びにいったはいいけど、ここで、ゴミを捨てたとき、周遊券を一緒に捨ててしまったのてす。

 

この時、東京で就職していた兄に泣きながら電話して、おこづかいをもらい、そのお金で福岡へ帰りました。

 

きっと、あの頃からは、リニューアルしているのでしょうね。

 

 

最上階で夜景をみる時間には、間に合わなかったですが、その下の階…無料で誰でもみられる…で夜景を見ることが出来ました。

 

これが日本の首都なのですね。

美しい夜景をみてから、プラネタリウムにいきました。

 

 

癒しの香りが漂ってくると言う評判のプラネタリウム

 

 

このプラネタリウムでロマンチックな気分になって、お宿に帰ろうと言うことになったのですが‥

 

一抹の不安が‥

 

プラネタリウムといえば‥あまりの心地よさに眠ってしまうかもしれない‥

しかも、お値段はびっくりするほど高いのです。

なんと、1900円 !!

「ここで、寝るわけにはいかん。」

 

と、自分に言い聞かせて、中に入りました。

 

なるほど、シアターが始まってすぐに、いい香りが漂ってきます。

あ~、夢の国~。

 

しかし‥なんたること‥。

そうそうに、もう一つの夢の国へ、出かけてしまいました。

 

あ~もったいない。

 

プラネタリウムが終わったときは、半分寝ているような状態。

出だし以外は、ほとんど、覚えていません。

 

 

 

 

 

そして、最終日。

 

朝から、しっかり降っている雨。

よかった~。

この日がディズニーランドや鎌倉でなくて。

 

1時間かけて、羽田空港に行きました。

 

羽田空港を歩いていると、ふと記憶に残っている場所を通りました。


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建て替えられたばかりの羽田空港に行ったとき、すてきだなぁ、と思って見上げた場所なのです。

 

その時は夜で、最終便で帰ったのかな?

 

灯りがキラキラして、羽田空港ってきれいになったなぁ(その前は、相当古びた印象でしたから…笑)、と思いながら見たものでした。

 

もう、数十年前の話です。

 

 

すっかり忘れていたけど、また、お目にかかるとは !!

感激~。

 

 

さて、飛行機に乗ると1時間半で福岡空港に着きます。

 

東京に行く飛行機で、写真をとり忘れた座席の前のタブレット

帰りも、こんな画像を見ながら、ジェットストリームを聞いていました。

 

 

 

 

そして…

 

 

おぉ~、志賀島が見えてきた。

志賀島は、写真の右側の、市街地と細い道で繋がっているところ。
「漢委奴国王」の金印が出たところですね!

 

ここまでくると福岡空港は、すぐそこです。

 

 

帰りは早かったなぁ。

 

雨の東京だったけど、福岡では、お日様が見えます。

なんか、不思議。

 



 

 

早く着いて、せっかくだからということで、今度は展望デッキに出て、飛行機をしばらく見ていました。

 

 

 

この後、早めのお昼御飯を食べて帰宅。

 

娘とは地下鉄で、別れます。

娘は7月に開催された、世界水泳選手権大会2023福岡大会のボランティアをしたのだけど、この日は開催前の説明会があったのです。

 

仕事をしながら、ボランティアに応募したのもおおっ‼️と思うのに、旅行帰りに説明会の予定をいれる…

恐るべき行動力です。

 

そういうわたしも、家に帰ったら、まずお洗濯をしましたよ!

 

3日目は、観光は全くできなかったけど、朝帰ってきて、昼からは家でゆっくりするというのもいいですね!

 

さてさて、4回にわたって長々と書いてきた旅行記もこれでおしまい。

楽しんでいただけたでしょうか。

 

今回は、この旅行に直接関係のない話にとぶことも多く、読みにくかったところは、どうぞご了承くださいませ。

 

それにしても‥数十年ぶりの東京。

良い思い出となりました。

 

パワフルな長女は、次女の忙しさが一段落したら、今度は次女を東京ディズニーランドに連れていくのだといっていました。

あまりにも、「お姉ちゃんたち、いいなぁ、いいなぁ。」と、言われるので(笑)

 

 

今回の旅行は、〇〇線でいくか△△線でいくかなど乗り換えを初め、行動が早い娘にたよりっぱなしでした。

次は、自分ももっと勉強しよう!

 

 

そして、次の旅行に向けて倹約に励み(笑)、また、遠い所へ行きましょ!!

 

 

 

 

 

この旅行記を最後まで読んでくださった皆さん、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

おのぼりさん、東京へ行く その3…いざ鎌倉!!

さて東京旅行は2日目。

 

前日のお話は、この記事をどうぞ。

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

 

 

今日は、朝7時に起きました。

 

 

 

この日は、娘がどうしても行きたい、と言った鎌倉を訪れました。

 

 

ところで…

 

 

ここはどこでしょう?

 

 

 

 

泊まったホテルの最寄りの駅です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、池袋駅です。

 

フクロウのオブジェ。

池袋(イケブクロ)だからでしょうか。

おもしろ~い!!

 

 

この日は、快速に乗って乗り換えなしで、いざ鎌倉!!

 

 

娘は、「海街diary」を読んでから、鎌倉へどうしても行きたかったのですって。

私も夫も、お互いそれぞれにですが、過去に何回か訪れたことがあります。

 

そして、この日は、娘がぜひとも、と言った紫陽花で有名な長谷寺明月院のほか、鎌倉に行くなら外せない鎌倉の大仏、鶴岡八幡宮を見学することにしました。

 

鎌倉に近づくにつれて、景色はのどかになるけど、電車の人はどんどん増えます。

みんな同じところで降りるんだろうな、と思ったら、やはりそう。

鎌倉でどさどさっと人が降りました。

 

鎌倉駅からは、バスで長谷寺へ行くつもりが、バス停がどこかよく分からない。

そのうち、江ノ電が便利という事を知り、江ノ電に乗ることにしました。

 

「わぁ、江ノ電江ノ電。」

 

江ノ電は、漫画にも出てきたので、ちょっと興奮。

 

 

江ノ電の駅を降りてちょっと歩くと、長谷寺はすぐそこです。

 

お寺の入り口で、まず拝観料を払います。

そして入場してから、改めて「あじさい路」の入場券を買います。

なんと、「あじさい路」は朝まだ10時半ごろなのに、2時間待ちですって。

 

さすがに2時間も待てないので、鎌倉の大仏を先に見ることにしました。

入場券を買いさえすれば、いったん外に出ても再入場できるというのは嬉しいですね。

 

という事で、先に鎌倉の大仏を見に行きました。

鎌倉の大仏は、長谷寺から歩いて数分くらいです。

 

正式名称は、大異山清浄泉寺高徳院という浄土宗のお寺にあります。

 

仁王門をくぐって…

 

大仏さま、お久しぶり。


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大仏さまに、季節の花である紫陽花が活けられていていますね!!

 

この大仏さま、今まで、ずっとお釈迦さまと思っていたけれど、阿弥陀さまでした!!

(オーマイゴッド!!)

 

参拝券の説明によると、鎌倉時代建長4(1252)年から10年前後の月日をかけて作られたのですって。

800年も、世の中の栄枯盛衰を見てきたのですね。

 

鎌倉の大仏さま、賑わっていましたよ。

昔も、こんなに人が多かったかな、と思いながら、大仏さまを見学しました。

 

外国人も多かったですね。

欧米人と思しき人が多いのも、関東の特徴ですね。

福岡はアジア系の観光客が多いから、地域性があるのかしら。

 

 

 

そして、軽く、お昼ご飯を食べてから、おやつを買いました。


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鎌倉に行ったら、鳩サブレでしょ!!(笑)

 

 

そのあと、長谷寺に戻りました。

 

長谷寺の正式名称は、海光山慈照院長谷寺

ここは、鎌倉の大仏よりさらに古く、伝承によれば奈良時代天平8(736)年に作られたお寺です。

 

古いですね~。

 

本堂は観音堂で、十一面観音菩薩像が安置されています。

 

長谷寺は、思ったよりはるかに広くて、長谷寺をじっくり見ていたら2時間くらいあっという間に経ちそうな、それくらい立派で、見どころがいっぱいでした。

 

鎌倉の大仏を先に見に行かなくてもよかったくらい。

 


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あじさい路」でなくても、素敵な庭園が、目を楽しませてくれます。



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和み地蔵。

名前通り、思わず笑顔になってしまいます。

 

前述のように見どころはいっぱいあって、ゆっくり見ていたら2時間くらいすぐに経ってしまいそうな境内でしたがでしたが、この記事は先が長いので、さっさと「あじさい路」に入りましょう。(笑)

 

 

 

ちょうどお昼過ぎでしたが、この時間に入場券を買う人は、なんと3時間待ち。

皆さん、お疲れ様です。

 

さぁ、いよいよ「あじさい路」に入場。

 

紫陽花と海のコラボは、なんだか懐かしい気持ちになります。

 

色とりどりの、紫陽花が咲き乱れていて美しいですね!!

 

私達は、カメラの三脚を忘れてきました。

それで、3人一緒の写真を撮りたいときは、

「すみません。とってくださ~い。」

と言いながら、前へ進みました。

 

こんな時に頼みやすい雰囲気の人って、カップルか女性同士で旅している人ですね。

 

そして、必ずと言っていいほど、

「お礼に私達も写真をお取りしましょうか。」

というと、

「おねがいしま~す。」

と言われます。(笑)

 

 

 

ところで、

長谷寺ではこの場所が見たいとよ。」

娘が見せてくれたインスタの画面がアレ…でなくてコレ。

 

引用:インスタグラムより

 

色とりどりの紫陽花が通路いっぱいに植えられているような写真。

探せど探せど、ありません。

 

なんと、これが痛恨の勘違い。

「ねぇ、これ長谷寺長谷寺でも奈良の長谷寺やないと?」

夫が指摘します。

よ~くみると、確かに奈良と書いている。

 

長谷寺違いだったのですね。

あらあら。

でも、美しい鎌倉の長谷寺を堪能しましたよ。

いつか奈良にも行きましょう。

 



 

出口の仏様の像にも、紫陽花が。

ほのぼのとします。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、また江ノ電に乗って鎌倉駅に戻り、今度は鶴岡八幡宮に行きました。

 

鶴岡八幡宮へ行く道はの両サイドには、所狭しとお店が立ち並んでいます。

そして、押すな押すなの凄い賑わい。

 

夫も、私も閑散とした鶴岡八幡宮しか知らないので、初めて来たような気持ちになりました。

 

 

 

参道の途中の、トルコ雑貨のお店。

ショーウインドーの品がとてもお洒落なので、入ってみました。

 


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デザインが素敵ですね。


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一目ぼれしたコインとビーズのブレスレット。

娘たちに、一つずつ買ってあげました。

 

 

 

鶴岡八幡宮は広いですね。

 

長い参道の向こうに…

 

小さく拝殿が見えます!!

 

季節感あふれるお手水で、紫陽花一色!!

 


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源実朝鎌倉幕府3代将軍)は、この階段を降りている途中に、甥の公曉に暗殺されたと言われています。

 

階段を登りながら、公曉が実朝を暗殺した銀杏の木はどこにあったのだろうと探しましたが。よく分かりませんでした。

 

この写真は、階段の左側を移したもので、御幣があるので、ここら辺に隠れていたのかな?

 

因みに、その銀杏の木は、台風で倒れたとのことです。

 

 

ついでに、宇佐八幡宮の遥拝所があるとあったので行ってみたかったのですが、どうもそこは立ち入り禁止の区域にあったようです。

 

 

このあと、疲れはてててしまって、次なる目的地明月院あじさい寺)にはバスで行こうという事になりました。

 

休んでいる間、休憩所でぼーっと道路を見ていると、バスが通り過ぎるのが見えました。

 

「あ、バス!!」

 

土曜日の午後ですものね。

道路は渋滞していて、バスはほとんど動いていません。

 

「頑張って、あのバスに乗ろう!!」

 

しかし、時すでに遅し。

バスは、バス停をもう過ぎていました。

 

「渋滞しているけん、追い越せるかもしれん。次のバス停で乗ろう!!」

それから、頑張って次のバス停まで歩くことに。

 

次のバス停に着いたはいいが、ものすごく渋滞していて追い越したバスがいつ来るか見当が尽きません。

「いっそのこと、歩いて行こっか~。」

ということになり、疲れた体に鞭打って、歩いて明月院へ。

 

でも、いい事がありましたよ。

 

明月院に行く途中で、

葉祥明美術館を見つけたのです。

 

鎌倉にあると聞いていたけど、こんなところにあったなんて。

 

「ここも行きた~い。」

 

時間としては、明月院にもここにも行くという事はかなり厳しいように思いました。

でもそもそも紫陽花を見に来たんだ、という事になって、まずは明月院に行くことにしました。

 

バスに乗らなくて正解だった…。

 

 

 

明月院は、長谷寺より、人がいっぱいでした。

そして、一面の青い紫陽花。

 

個人的には、同じ色に統一された紫陽花で、すっきりとした美しさの明月院は、長谷寺より素晴らしかったです。


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同じ色に統一された紫陽花は、高貴な雰囲気さえ漂わせています。

明月院ブルーと言うのですって。


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お地蔵さんも紫陽花を愛でています。

 

そうそう、書き忘れていましたが、明月院も創建は古く、平安時代末永暦元(1160)年で、最初は明月庵と言っていたそうです。

 

開山堂  歴代住持の位牌があるそうです。


ここも、鎌倉時代の執権北条時頼の廟などがあるという事で、時間をかければもっと見ごたえがあったのでしょうが、ゆっくり見ていたら葉祥明美術館には行けない。(苦笑)

 

夫と娘は、紫陽花だけに用があったので、

「早いところ写真を撮って、美術館に行こうよ」

と言う。

 

だから、歴史的建造物はさらっと見るだけで(笑)、とにかく写真を撮ってから、明月院を後にしました。

ちょっと、残念。

 

機会があったら、この時期にまた訪れてみたいです。

 

そして、葉祥明美樹館に。

 

 

 

 

参考までに、ホームページのリンクを貼りますね!!

葉祥明美術館

 

誰でも入れるお土産屋さんは賑わっていたけど、展示室の中に入る人は少なかったです。

 

美術館の中はゆったりできましたよ。

暑かったし、疲れていたのでしょう。

キンキンの冷房が、気持ちよかったです。

 

それから、改めてお土産屋さんに行ったけど、閉館まじかでも凄く込んでいました。

 

 

ここで、みんな思い思いに買い物をして、美術館を後にしました。

 

鎌倉の話はこれでおしまいです。

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

東京の夜は長い…。

 

 

 

このあとは、有楽町でお夕飯と散策、そして……。

 

 

 

観光はまだまだ続きます。

 

その話は、次回に。

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

 

 

P.S.

 

東京旅行の連載の最終回がまだ残っているのですが、これからしばらくブログをお休みします。

 

 

そのわけは…

 

書こうかな。どうしようかな。恥ずかしいな…(笑)

 

 

 

うん、自分を叱咤激励するつもりで書こう!!

 

 

実は12月上旬に、HSKという中国語の検定試験を受けます。

家事やアルバイトの合間合間に勉強して11ヶ月。

 

ちょうど、腕試しには切りがいいと思いきや…

 

主婦の感覚ですが、検定料って結構高いのですね。

5000円を越えました…。

入門?初心者?コースなのに…。

家族に言わせれば、こんなものでしょ、もっと高い試験もいっぱいある、とのこと。

 

 

というわけで、軽い感覚の腕試しとしては値がはるので(笑)、これからの1ヶ月は、ブログの時間も勉強に当てたいと思います。

 

 

 

 

それでは、試験が終わったら、またお会いしましょう。

 

ブロガーの皆さん、しばらくの間、ごきげんよう

 

 

 

再見!

 

 

おのぼりさん、東京へ行く その2 … 3人あわせて、3県踏破。

前回は、主に東京旅行の飛行機の旅について、書きました。

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

 

 

今日から、いよいよ観光の話です。

 

 

夫と別れた私と娘は…

 

まず、神田明神を訪れました。

神田明神は伝天平2(730)年の創建とのこと。

古いのですね。

 

なぜ、神田明神にお参りしたかって?

江戸下町のシンボルみたいな存在とのことで、下町の情緒を感じられるかな、と思ったのです。

また、誰かからご利益がいっぱい、とも聞きました。(笑)

 

神田明神は小雨の中でしたが、さほど人も多くなくスカッとして、確かに東京の下町を感じさせるような、お囃子の音が鳴っていました。

入口の随神門

昭和天皇御即位50周年の記念に作られたのですって。

そういえば、なんだか新しいような…

 

御神殿

権現造りで、鉄骨鉄筋コンクリート

古い神社なのに、鉄筋と言うところがなんとも現代的ですね。

 

 

左  ご神馬   明(あかり)ちゃん  かわいい!!     けど、なんだか、憂いの表情。

右  獅子山   御神殿の向かって右側にあります。

 

 

そんなに大きな神社に思えませんでしたが、境内社が幾つもありました。

 

 

ここで、絵馬を書き、小判の形をしたお守りを買いました。

 

神社に入った時に聞こえたお囃子の音は、おみくじコーナーからなっていました。

お金を入れると、お人形の獅子舞がおみくじを持ってきてくれるのです。

楽しい工夫がされていますね。

 

 

この後は、上野へ行きました。

 

ところで…

 

私は上野が大好きなのです。

動物園や博物館、美術館、科学館があるし、阪急デパートがあるし。

中途半端な時間を潰すのにちょうどいいし。

 

今はどうだか分かりませんが、この上野の阪急デパート。

昔はデパートと言う割には、手頃なお値段の衣類がありました。

他のデパートは、びっくりするほど高いのに。

 

で、出張で東京に来た時、時間があったら必ず上野によって、おしゃれな服を1着買うことにしていました。

 

…残念ながら、今回は行きませんでしたけど。

 

 

今回は上野で国立西洋美術館に行って、常設展を観てきました。

 

すてきな絵画を間近で見ることが出来ます。

 

しかも写真撮影オーケーの絵画が多い。

 

でも、あまり写真は撮りませんでした。

だって、写真を撮っていたら、じっくり見るより、写真を撮ることに一生懸命になるから。

 

絵の写真は、ピンボケが多いのでこれくらいで…(笑)

 

 

さて上野で、早めのお夕飯をとってから、いよいよ夢の国へ出発!!

 

夢の国とは…そう…東京ディズニーランド!!

 

東京駅までは、山手線で行きました。

座っていきました。

山手線で座れるなんて!!

 

というのが、私の遠い記憶では、あとからあとから電車がくるのに、どの電車もどの電車も満員。

それで、ホームから人を電車の中に押し込む駅員さんがいました。

 

どれだけ人口が多いのだか…と当時思っていました。

 

 

東京駅に着くと、駅の正面へ出てみようと娘が言うので、正面へ出て見たら…

 

なんと、有名な東京駅のあのアングル。

 

何度も東京駅に来たことはあるけど、東京駅で降りてそのまま外に出たのは、初めてかもしれません。

 

レトロで素敵な建物ですね。

 

 

さぁ、これからが大変でした。

乘りたい電車の時間が迫っているという事で、早歩き…いやいやダッシュで、京葉線の乗り場へ。

 

娘は慣れたもので、すたすた行きます。

スピード感が、半端でない。

 

「良く、迷子にならずにすっすっ行けるねぇ。」

「だって、おかあさんは、東京では、迷ったら上を見上げるといいと言ったやろ。」

 

そうそう、そう言ったっけ。

 

東京では、上を見上げると乗換案内とか書いているので、迷ったら上を見て歩くと便利なんですよね!!

 

 

で、この乗り換えの距離がものすごく長い。

 

15分は、走ったり歩いたりしたでしょうか。

(大げさかな?それくらに気持ちという事で…笑)

電車に乗った時は、もうへとへとでした。

 

しかも、快速に飛び乗ったつもりが、鈍行だった!!

 

それなら、こんなに急がなくて良かったのです。(苦笑)

あ~あ。

 

 

舞浜で降りたら、駅のロッカーに荷物を預けます。

さあ、ディズニーリゾートラインに乗っていよいよ夢の国ディズニーランドへ。

 

ミッキーの形の窓がかわいい。

 

 

ウイークデーで、夕方からの入場だったけど、さすがに人が多かった。

これでも少ない方なのでしょうね。

 

 

さぁ、入場しますよ。

ディズニーランドは、オープン40周年だそうです。

 

おぉ、銅像の向こうにディズニーランドのシンボルのシンデレラ城。

とうとうやってきた。

感動~~~。

 

 

 

 

 

とにかく人が多いので、アトラクションは厳選しました。

目標は、この3つ。

 

  • ミッキーのフィルハーマジック (3D映像で、ディズニー映画の曲などを流してくれる)
  • イッツ・ア・スモールワールド(船で、歌っている世界の人形を見て回る)
  • カリブの海賊(船で、海賊がいるような場所を見て回る)

 

パレード前に、ノルマを達成したので、後は成り行きに任せようという事になりました。

 

そもそも、この日の最大の目的は、パレードを見る事でした。

 

 

ところで、ディズニーランドには、時計がないのですね。

夢の国では時間を気にせず遊びましょう、ということみたい。

 

だけど、パレードの時間はさすがに気になって、場所取りの関係もあり、ちらちらっと腕時計を見ていました。

 

そして、パレードの1時間ほど前から、観光客が場所取りを始める。

 

甘かったです。

 

パレード30分前にノルマ(笑)のアトラクションを終わらせて、場所をとろうとするが空いてない。

ハウステンボスなんか、直前でも場所取り不要で、間近でパレードを見ることが出来るのに。

 

それでも、どうにか2人分の場所を確保しました。

 

そして、もう一つリサーチ不足がありました。

 

レジャーシートを持っていっていなかったのです。

だから、地面に直接座ってパレードを見なければいけませんでした。

 

分かっていたら、せめて舞浜で預けたリュックに新聞紙が入っていたのに。

 

パレードは7時半に開始。

夏至近くだったので、暗くなるか心配でしたが(福岡は西の方にあるので、まだ結構明るい)、しっかり暗くなってくれました。

 

 

そして、お馴染のパレード曲に乗って、テーマごとに飾りつけされた車がピカピカ輝きながらやってきましたよ。

 

 

ディズニーのCDは持っているので、パレード曲は何度も聴いたことがあるけど…

というか、気分を盛り上げるために東京旅行の前は、毎日毎日聴いていました…(笑)

 

 

いよいよ実際にパレードを見ることが出来て、とても嬉しかったです。

 

 

 

東京ディズニーランドエレクトリカルパレードの曲


www.youtube.com

引用:YouTubeより

 

 

 

では、暗闇の中に輝く光の車の写真を、引用のYouTubeのパレード曲を聴きながらどうぞ。

 


何となく、雰囲気がお分かりでしょうか。


次女も、大学がお休みだったらねぇ~と、行きたがっていたので、ライン電話でパレードの画像をリアルタイムで送ってあげました。

 

この後、花火まで少し時間があったので、ほとんど待たなくていい「白雪姫歩七人のこびと」と「ピノキオの冒険旅行」に行ってきました。

 

そして、再びシンデレラ城の前に戻って、花火を見学。



そのあと、駄目もとで走って「プーさんのハニーハント」(車に乗って、プーさんの世界へ)に行きました。

 

長く待つなら帰ろう、と言っていましたが、なんと15分待ちで入れました。

いつもは90分から2時間待ちというのに。

ラッキー。

 

 


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プーさんのハニーハント」出口のショップにて。

 

おぉ、プーさん、プーさん、プーさん!!

 

 

 

 

 

 

このアトラクションを最後に、出口のお土産屋さんに直行。

 

正直、お土産屋さんが一番混んでいました!!

 

40周年と書いているクッキーや諸々買って、次女にもクッキーを送ってあげて、帰途に着きました。

 

夕方から入って、アトラクションに6つも入ったのですよ。

優秀と思いません?

 

でも、走った走った。(笑)

 

ハウステンボスと比べるからか、ディズニーランドは思ったより狭かったです。

 

でも、さすが天下のディズニーランド。

大人も子どもも笑顔になりますね。

 

昔ここに来た時、スペースマウンテン(室内のジェットコースター)にはまっていたのですが、この日は動いていないということで乗れませんでした。

 

これが、ちょっと残念。

 

また、うろ覚えですが、「イッツ・ア・スモールワールド」の船のアトラクションも、以前に比べて、かなり大掛かりになっていたような気がします。

 

 

 

帰りのディズニーライン。

 

 

 

40周年記念の、ラッピングです。

最後の最後まで夢の国のディズニーランド!!



 

 

結局、宿泊するホテルに着いたのは11時。

ハードな一日でした。

 

この日は3人で東京、埼玉、千葉を踏破!!

 

翌日も隣の県へ行きますよ。

 

 

では、また。

 

次回に続く。

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

おのぼりさん、東京へ行く その1…しばらく行かないうちに、ずいぶん変わったなぁ。

 


6月に2泊3日で、久しぶりに東京に行ってきました。

2泊3日といっても、実質東京で動けた時間は、1日目の午後と2日目だけ。

3日目の午前中には、もう福岡に戻っていました。(笑)

 

けれども、1日半の観光とはいえ、密度が濃い旅行となりましたよ。

あまりにも、久しぶりだったからでしょうか…。

 

 

ということで、今回はこの旅行のお話を4回に分けて、お話したいと思います。

 

 

さてさて、この旅行は、JALのスマイルキャンペーンで行きました。

このキャンペーンは福岡~東京間が片道7000円で行ける素晴らしい企画なのです。

 

あまりにも格安なので、応募しない手はないと、長女にいわれました。

 

この時、今ひとつわたしの調子が良くなかったので、あまり乗り気でなかったのですが、

「こんな時、行かずしてどうする!!」

「今回は、私からのプレゼントよ!!」(飛行機代ほか)

とも言われ、ありがたく受ける事にしました。

 

行くと決心すると、何がなんでも予約したい。

応募が殺到することを考え、夫と私と長女のスマホ、家のパソコン、長女のパソコンをフル稼働して、殺到する申し込みに備えました。

 

最初、こんなに安くて行けるなら北海道に行こう、と言っていましたが、北海道はあえなく撃沈。

 

次に東京を申し込もうという事になり、やっと取れたことは取れたのですが…

行きの便はまあよいとして、帰りは午前中には福岡に着いている‥と言う旅行としては効率の悪い便しか予約できませんでした。

 

でも、久しぶりの東京だし(結婚してからは、はじめて)、就職していたときは、出張としてしか行ったことがなかったし…旅行の日が近づくにつれてワクワクドキドキでした。

 

さて、旅行当日。

 

娘が、空港へ早く行って飛行機の発着を見たいというので、朝5時に起きて6時には家を出ました。

福岡空港は都心から空港までが近い。

こういう時は、ありがたいですね。

 

福岡空港は、久しぶり。

リニューアルしたばかりの空港は相変わらず新しくて、右を見ても左を見ても飽きがこない。

 

最近は飛行機のチェックインは、セルフの機械でするのですね。

娘が、チャカチャカとチェックインをする。

さすが、飛行機を使ってあちこちにお芝居を見に行っているので、手慣れたものです。

尤も、ほとんどLCC ですが。(笑)

 

あ~。私も覚えなくては。

だって、歳をとったら、もっと旅をしたいし。

 

 

そのあと、保安検査を終えて、一路ラウンジへ。

生まれて初めて、セゾンのゴールドカードを買い物以外で使いました。(笑)

このゴールドカード、家族みんな持っています。

 

もともと、地元のスーパーのお買い物のカードとして作ったクレジットカードだったのですが、最近そのスーパーが提携先を変えたという事で、お買い物カードを持っている人で、継続を希望する人は、自動的に無料のゴールドカードに格上げになったのです!!

(有料のゴールドカードとは少々特典が違うみたいですが)

ラッキー。

 

そして、初めて入るラウンジ。

なんだろう、この感動!!

無料のコーヒーや、ジュースを飲みながら、飛行機の発着を見ることが出来ます。


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なんと優雅な!!(笑)

飛行機っていいですね。

もう、この時点で、かなりテンションが上がっていたのですが、ますます上がってきます!!

 

そして、いよいよ、飛行機の中へ。

久しぶりに乗る飛行機は、初めての機能もあって新鮮。

 

まず、各々の席の前にタブレットが置かれていて、音楽や映画、フライト情報がみれるようになっていました。

スマホの充電もできます。

 

まずは、タブレットを機内カメラにして、外の景色を眺めます。

そのあと、昔JALに乗る時にいつも聞いていたジェットストリームに、チャンネルを合わせます。

 

う~ん、家のradikoでなく、リアルに、オリジナルのジェットストリームを聴く幸せ。

 

 

そうこうしているうちに、飛行機は離陸しました。

 

いつものことだけど、飛行機が加速して飛び上がる瞬間って、最高潮のワクワク!

 

でも、いざ離陸すると、天気が悪かったのであまり地上の景色は見れず、すぐ雲の上となりました。

 

そして、すこし落ち着いてから、機内で飲み物が配られ、桃のジュースを飲みました…。

 

 

 

 

 

 

と…

 

 

 

 

よかったのは、ここまで。

 

ジュースを飲み終わってから、気分が悪くなったのです。

 

よくよく考えると、早起きしすぎたので、朝ご飯を食べていませんでした。

 

よせばいいのに、お腹に何も入っていない状態で、空港ラウンジでコーヒーを飲んだ。

飛行機のなかでもジュースを飲んだ…。

 

これがいけなかったみたい。

 

飛行機で酔うのはじめてでした。

 

しょうがないから、音楽を聴きながら、しばらく目を閉じてじっとしていました。

(要するにしゃべらなかったということ…笑)

 

さて、東京のお天気は、どしゃ降り。

厚い雲のなかを通り抜けて、東京の町が見えだした時は、さながらジプリの天空の城ラピュタに行ったような気分になりました、

 

羽田空港には、遅れて到着。

 

それから、軽くご飯を食べて、いよいよ街中へでます。

 

まず、夫の実家のお墓参りに行きました。

お墓といっても、夫の祖父に当たる人より先の人が眠っているお墓で、本家の人が墓守りをしています。

 

さて、皆さんに質問です。

ここはどこでしょう?

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お墓はここにあるんですよ。

卒塔婆がたっているお墓が多く、文化の違いを感じました。

 

 

 

 

 

 

答えは日暮里です。

 

 

 

 

 

お墓参りのあと、夫と別れました。

 

実は、夫は学生時代を東京で過ごしたので、昔の懐かしいところに行ってみたいのですって。

そして、その後は、念願の埼玉のベルーナドームに行って西武戦を見るのです。

 

 

ところで…

 

夫は、それはそれは涙ぐましいほどのライオンズファンなのです。

 

以前このブログにも書いたことがありますが、まだライオンズが福岡にいた頃の新聞の切り抜きを何冊も持っています。

 

わたしや娘はホークスファンですが、夫はライオンズが福岡から離れても、見捨てずに一途に応援しているのですね。

 

そのために、有料のエリアフリーのradikoも契約しているんですよ!

 

因みに、ホークス戦を聴く時は、埼玉の文化放送で聴きます。

決して、ホークス寄りの、福岡のRKB毎日放送なんかでは聴きません。(笑)

 

ということで、別にライオンズの応援に行く気にならない私と娘とは、全てが終わってから宿泊最寄りの駅で落ち合うことにしました。

 

 

ではでは、私たちは、これから東京観光と夢の国へ行ってきま~す。

 

 

 

次回に続く!!

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

P.S.

 

なんかこの記事は、写真がとても少ないなぁ~。

次回は、たくさん写真を載せますね。

旅行の話の導入という事で、どうぞご了承くださいませ。

 

我が家にコロナがやってきた 2…私もかかっちゃった!!

コロナ罹患時に飲んだ薬の数々

 

 

 

1.はじめに

 

今回は、前回の記事で予告した「それから…」のお話です。

 

それは…

 

コロナになったかもしれない…

でなくて、とうとう私も本当にコロナに感染してしまったお話です。

 

 

文章が長いので、目次をつけますが、堅苦しい文章ではありません。(笑)

 

この記事が、皆さんのお役に立てれば嬉しいです。

 

まず、時系列でお話いたしますと…

 

我が家では1年半前に夫が、今年の7月に次女がコロナにかかりました。

 

 

そして今度は、8月の下旬に長女が感染しました。

長女は、忙しく今は会社を休むことが出来ないと、人一倍感染に気を付けていたにもかかわらず、です。

 

長女が発症した日、お夕飯のシチューを私たちのために作ってくれたにもかかわらず、いざ食べるときになって気分が悪いと言って、自分はシチューを食べませんでした。

 

今から思えば、これがコロナの始まりだったのですね。

 

その時は、まだコロナとも分からず、風邪と思っていたので、葛根湯と、ビタミンCのサプリを飲ませて寝させました。

 

次の日、長女は39度からの熱を出しました。

 

夜中は、寝られなかったとのこと。

 

後頭部と喉が痛いというので、もしかして…と思いましたが、お休みの日だったので、とりあえず葛根湯を、数時間おきに飲ませました。

 

その翌日、熱はかなり下がりましたが、もしものことを考えて、PCR検査を受ける事に。

病院に連絡すると、夕方来てくださいとのこと。

 

検査に支障をきたしてはいけないので、この日は薬を飲ませませんでした。

 

夕方、病院に行ったら果たして…

 

陽性でした!!

 

会社にも連絡して、娘は週末まで、自宅待機となりました。

 

 

と…前提が長くなったのですが、今度は、私の話です。

この日の夜から、私も調子が悪くなりました。

 

2.症状の変化

 

 

1日目

 

寝るときすでに、調子が少し悪かったのですが、果たして夜中にものすごい悪寒が。

 

いつもは暑いので、扇風機は最強で、窓も開けて寝ているのですが、寒くて寒くてたまらなくなりました。

 

でもタンスの中には、半袖の洋服しかない。

それでも、レッグウォーマーとひざ掛け毛布を見つけ出し、今は同居していない次女の部屋から、夏蒲団を拝借し、それを全部身に着けて寝ました。

(布団は自分のと併せて2枚という事)

 

さらに、扇風機は消し、窓も閉めました。

 

 

そして朝、熱を測ると40度を超えていました。

 

で、夫に申し訳ないけど、適当に食べて会社に行ってほしいと言いました。

 

夫も私のことが心配だったらしく、急遽テレワークに切り替えて、家で仕事をすることにしてくれました。

そのため、パソコンを職場にとりに行って、その帰りにも色々と食料を買ってきてくれました。

 

そして、私は病院へ電話。

やはり夕方病院に来るように、と言われました。

 

正直、こんなに苦しい病気は久しぶりでした。

一日中寝ていたのですが、いつ測っても40度を超えている。

 

理由は分かるんです。

 

病院に行くまで、念のため一切薬を飲まなかったから。

きっと、熱さましでも飲めば、グンと楽になっただろうと思います。

 

コロナがひどいというより、薬が飲めなかったので苦しかった…。

 

夕方、ふらふらしながら病院に行きました。

近かったので、歩いて行きました。

 

病院には裏口から入ります。

 

中には、防護服に身を包んだ看護師さんと先生がいらっしゃいました。

 

そして、PCR検査と、血液検査、検温、レントゲンを撮りました。

 

最近は、結果はすぐ分かるのですね。

陽性でした。

 

う~ん、娘の発症から3日目の発病。

潜伏期間も短くなりましたね。

 

この後は、薬をもらって、仕事が終わった夫が迎えに来てくれたので、車に乗って家に帰りました。

 

家に帰って、真っ先にしたことは、処方されたカロナールを飲むこと。

カロナールを飲むと、10分後には37度台まで熱が下がりました。

 

すごい即効性‼️

 

やれやれ。

 

夜は、お惣菜の巻きずしを一つと、夫が買ってきてくれたクレープを食べたらお腹いっぱい。

(なぜ、病気の時にクレープなのでしょう。気持ちはありがたいが…苦笑)

 

その後、薬を飲んで寝ました。

 

 

2日目

 

夜中に吐き気が止まらなくなって、頭もガンガンしてきたので、台所に行って、カロナールと吐き気止めの頓服薬を飲みました。

その後は、す~っと寝ることが出来ました。

 

因みに、朝からの私の症状は、微熱と、頭全体のふらつき、吐き気です。

そして、やたらと喉が渇きました。

 

熱が下がって、かなり調子が良くなってきたので、休み休みしながらも、最低限の家事をしました。

 

そして、

「ぼくさぁ、単身赴任をしていた時、料理をする時は、いつもこんなメニューだったっちゃんね~。」

といいながら作ってくれた夫の料理。

 

毎日がお肉のソテーだったのね…。

なんかぞ~~~っ。(笑)

 

 

自分は、あまり食欲はないのですが、明日から少しでもバランスよく食べることができるように、やはり料理は私がしなければ!!

と思いました。

 

3日目

 

夜中に、喉の痛みで目が覚めました。

つばを飲み込むのに、喉に激痛が走る。

喉にばい菌がたまっているかもと思い、洗面所に行ってうがい薬でうがいをして、また寝ました。

 

朝起きても、喉がものすごく痛い。

 

この日の症状は、頭のふらつきと、吐き気。

そして、喉がやたらと渇くのは昨日と一緒。

でも、水を飲みこむのに、喉を通すので、悲鳴を上げながら飲みました。

 

熱は下がりました。

 

この日から、夫が会社に行くというので、即席の味噌汁を作りました。

家事も普通にできる感じですが、やはり最低限の家事だけしました。

あ~、買い物にでも行きたいなぁ。

 

4日目

 

久しぶりに、夜中に1回も起きずに寝られました。

ありがたい。

 

この日は、少し頭がふらつくのと、吐き気と喉の痛みだけです。

喉は、相変わらずとても痛いです。

 

本日から、めでたく長女が出勤。

 

5日目

 

待機最終日。

 

調子はと言うと、朝起きると吐き気と頭のふらつきがありましたが、だんだん頭のふらつきは無くなっていきます。

のどの痛みも昨日より良くなっています。

 

もう、家にばかりいるの、疲れました。

明日から外に出られて嬉しい~。

 

さっそく、買い物に行って、野菜とか果物を買ってこようと思いました。

 

 

 

 

 

 

という、感じです。

 

今はおかげさまで元気です。

 

喉の痛みと頭のふらつきは、薬がなくなってからも、ちょっとはありましたが…。

コロナも、熱が下がりさえすれば、かなり楽になるのですね。

 

3.薬の話

 

次に、どんなお薬をもらったか、お話したいと思います。

 

長女と私は、コロナ治療薬以外は、結構違う薬をいただきました。

 

先生に説明したお互いの症状の違いが、薬の違いになったようです。

という事は…コロナの治療薬以外は、対症療法なのですね。

 

さて、私がいただいた薬は、

 

内服薬として

  • コロナ治療薬
  • 葛根湯
  • たんや鼻水を出しやすくする薬
  • 胃酸を抑える薬
  • 整腸剤
  • 胃薬

 

頓服薬として

  • 吐き気止め
  • 熱さまし

 

ほとんどの薬を5日分、貰いました。

 

ところで、コロナ治療薬のゾコーバ錠について、ちょっと詳しくお話ししますね。

 

ゾコーバ錠は令和4(2022)年11月に承認されたばかりの塩野義製薬のコロナの治療薬です。

承認はされたものの、まだまだ副作用についてのデータ収集は十分揃っていないというのが現状だとのこと。

 

で、重症患者(私は病院で測った時39.8度だったし、血液検査でも炎症反応が出ていた。)に与えられる薬だそうです。

軽症の人は、自然回復を待つそうです。

 

病気がコロナだったからか、ゾコーバの副作用を心配してからか、病院に行った翌日と、待機期間が終わる5日目に、薬剤師さんから体の調子はどうかと電話がありました。

 

ありがたいことです。

 

4.料金の話

 

最後に料金の話をしましね。

 

薬代は、これだけの種類の薬をいただいて、1400円程度でした。

安い!!

でも、診察代が5500円近くしているので、やはり痛い出費でした。

 

さて、今回一番メインとなったであろう薬である前述のコロナの治療薬ゾコーバ錠。

 

5日分7錠貰ったのですが(最初の日だけ3錠)、インターネットで調べると1錠が7400円もする薬だそうです。

 

この薬は、国が全額補助してくれるので、ただでした。

 

但し、このただで貰える期間も今月9月いっぱいまで。

その後は、例えば3割負担の人は、約1万5千円の手出しとなるそうです。

 

という事は…

 

今回診療費と薬代併せて7000円程度払ったので、これに15000円を足すと22000円!!

 

今回、7000円×2人分の出費で痛い!と思ったけど、10月からは同じシチュエーションで22000円×2人分で44000円。

 

ちょっと、頭がくらくらします。

 

 

いかがでしょうか。

参考になりましたでしょうか。

 

5.おわりに

 

コロナにかかった後は、体力がガクッと落ちました。

今でも、すぐバテます。(苦笑)

 

来月は、健康診断もあるので、はやく体力を戻し、健康な生活を心掛けようと思います。

 

 

そして…

 

コロナにかかった後は、少なくとも3か月は免疫があるそうです。

ということで、何年振りかで外出の時にマスクを外しました。

 

マスクのない生活って快適。

 

しばらくはこの生活を、

…コロナが流行る前は当たり前の格好だったのですが…

楽しみたいと思います。

 

 

 

それにしても…

 

今地味~に、コロナが流行りつつあるとのこと。

どうぞ、皆さん、お気を付けくださいませ。

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

現人神社…何とここは、全国の住吉神社の本宮だった!


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正面は現人神社の拝殿

 

お盆、娘の帰省、それから…と色々なことが重なり、なかなかまとまった時間でブログに向き合うことが出来ず、前回からだいぶ時が経ちまして…

やっと本日の投稿となりました。

 

それから…という話については、次回お話しますね。

きっと、皆さんのお役に立つ話になると思います。

 

 

それでは、今日のお話は神社の紹介です。

 

 

地元にインスタ映えのすることで有名な神社があるということで、6月に現人神社(あらひとじんじゃ)に行ってきました。

 

こじんまりとした可愛らしい神社と言う口コミで訪れたのですが、可愛らしいだけでなく、なんとここは全国2000ヵ所からある住吉神社の本宮という、すごいところでした!

 

というわけで、軽い気持ちでの参拝は、私にとって、あらたな歴史をたどる旅に変わりました。

 

今日は、その現人神社をご紹介したいと思います。

 

現人神社は、福岡県那珂川市にあります。

(最近、このブログでは那珂川市周辺が熱い…)

 

 

この神社の近くには、市こそ違いますが、近くに奴国王墓と言われる須玖岡本遺跡、先日紹介した日拝塚古墳などがあります。

また、太宰府天満宮からも12キロとあまり離れていません。

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

 

現人神社のご祀神は、住吉三神

底筒男命(そこつつのをみこと)、中筒男命(なかつつのをみこと)、表筒男命(うわつつのをみこと)です。

また、相殿には、神功皇后、風の神である級長津彦命(しなつひこのみこと)、級長戸辺命(しなとべのみこと)を祀っています。

ご神徳は、商売繁盛、仕事運アップ。

 

境内に「現人神社(住吉三神本宮)略誌」とかかれている由緒がありました。

文語調ですが、文の言い回しから比較的分かりやすい文章なので、明治時代に書かれたものではないかと思われます。

 

この記述によると、ここで祀られている住吉3神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻ってきて、禊をした時に生まれた神々です。

 

神功皇后朝鮮出兵の時には、荒れ狂う海原で、神功皇后を守護しました。

その時に神様がお姿を現したので、神功皇后は帰国したとき、その心根に感謝して、住吉三神へ「現人大明神」との尊号を授けたとのことです。

(私は由来を知る前、名前から日本書紀のツヌガアラシトを思い出して、朝鮮系の神様かなぁと思いました。けれど全然違っていました…笑)

 

そして、さらに神功皇后は大和に帰った時、大阪の住吉の地にも住吉三神の和魂をお祀りした(大阪の住吉大社)とのことです。

 

 

現人神社のホームページによると、創建は1800年くらい前のこととされています。

 

この神社の創建はとても古いのですね。

 

因みに福岡市の博多駅近くにある住吉神社は、現人神社から勧請された神社とのことです。

 

それでは、さっそく境内に入ってみましょう。

 

 

 

 

駐車場から歩いていくと、拝殿正面の左側(東側)に出ます。

風車の通路が見えますね。

駐車場からは、この通路を突破して正面に出ます。

 

風車の通路を通る前に本殿の左側(東側)の側面を見上げてみたら…



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あれ、鬼の飾り物。

何かから、守っているのでしょうか。

 

さて、涼しげにカラカラなっている風車の通路を通り抜けたら…

 

 

おぉ、ご神木!!

昔々からある木であることが分かります。

 

ご神木も通り過ぎて…
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正面の入り口にでました。

この鳥居は那珂川市で一番古い鳥居だそうです。

 

さて、ここから改めてお参りしましょう。

 

鳥居前で、お辞儀をして鳥居をくぐります。

 

すると…右側(西側)に住吉三神誕生の地を記す石碑があります。

 

 

左側(東側)を見ると…

何を祀っているかよく分かりません。

石の文字が風化しているようにも見えます。

 

参道の左右には、おめでたい鯛の置物が飾られています。

 

 

こちらは、ピンク色の鯛。

 

土俵もあります。

 

そういえば、福岡市の住吉神社には古代力士像がありますし、今でもお相撲さんの取り組みには塩をまいたりしていますね。

 

昔から神聖な行事だったことが分かります。

 

今度は、ぼんぼりっぽい飾り物。

 

お手水。

コロナが流行りだしてから、花を添えてられたお手水をよく見かけますね。

 

うわぁ、ハートのオブジェ。

可愛らしい。

 

可愛らしい演出がいっぱいなので、ついつい参道の左右に目がいってしまいます。

 

参道にも風車の通路があります。

さぁ、風車の通路を通り抜けて、いよいよ拝殿へ。

 

 

と…その前に目についたのは…

狛犬さんの前に昨年の縁起物でしょうか。

寅ですね。

ここも、ハートに並べられている。

 

ここまで可愛らしくアレンジしていると、インスタ映えがすると評判になるのもむべなるかな。

 

拝殿の脇に置かれてあったお汐井。

 

清め塩を置いている神社もよく見かけますが、地元でわたしが参拝した神社は、お清めの塩でなく砂を置いているところも多いです。

 

海が近いからでしょうか。

 

ちなみに、ここのお汐井は砂がサラサラしていました。

 

志賀海神社箱崎八幡宮のお汐井がザラザラして、いかにも海の砂だなと言うのに比べて、那珂川からとった川の砂と思われます。

 

 

拝殿の右側(西側)にある風車の通路。

 

 

境内社

 

ここも境内社

ここにも、可愛らしい置き物が置かれています。

うさぎ年だから、うさぎの置き物もありますね。

 

因みに、鯛や寅やうさぎなどの置き物は、もともと素焼きの焼き物に色を塗ったもので、おみくじが入っていました。

 

 

 

 

 

可愛らしい神社でしたが、神社の広さは氏神様の規模ですぐに見終わります。

だけど、参拝客はひっきりなしに訪れていましたよ。

 

小さな神社だったけど、由緒にはびっくり。

だって、この小さい神社が、あの全国2000余りある住吉神社の本宮なのですものね。

 

 

このあと、裂田の溝(さくたのうなで)に行きました。

裂田の溝は『日本書紀』にも載っている灌漑用水路で、神功皇后が現人神社の神田のために作ったと言われています。

 

今も現役で利用されています。

 

神功皇后がいつ頃の人かはっきりとは分かりませんが、発掘状況からこの裂田の溝は弥生時代までさかのぼる、という研究者もいるそうです。

神功皇后は起源後の人と思われるので、2~3世紀にできたという事でしょうか。

 

この用水路を掘っている時、大きな石にぶつかって、にっちもさっちもいかなかった時に神功皇后武内宿禰に命じて神に祈らせたそうです。

すると、どうでしょう。

雷が落ちて、岩が裂けたのです…。

 

裂田の溝の名前の由来は、その故事にちなむそうです。

(その岩のあった場所に、今裂田神社が祀られていて、岩も現存しているそうですよ。)

 

今も利用されている裂田の溝。

 

現在、この周辺は文化財散策ルートの裂田の溝コース(12.5キロ約4時間)として、整備されています。

 

この日は現人神社に行った後だったし、凄く暑い日でもあって、駐車場の近くをうろうろしただけでした。

 

写真が少ないのですが、そのすがすがしい雰囲気を感じて下さいね。

 

菖蒲が咲いていましたよ!

 

 

 

最後に、現人神社のアクセス案内を。

このマップの現人神社を南の方にスクロールすると裂田神社が出てきます。

裂田の溝はそのあたりです。

 

引用:グーグルマップより

 

現人神社への行き方は煩雑なので、神社のリーフレットからご紹介しますね。
f:id:gracedusoleil2525:20230712155248j:image

引用:現人神社のリーフレットより

 

 

この那珂川市と言うところは、太宰府市からも近く、非常に歴史が古いところです。
時間があったら、また改めて、ゆっくり散策してみたいと思います。

 

少なくとも涼しくなったら…ですけれどね!(笑)

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

長崎原爆の史跡を訪ねて

今年3月に、長崎へ旅行に行きました。

 

今回は、その時の記事で語り切れなかった、平和公園を中心とする原爆の史跡についてご紹介したいと思います。

 

 

異国情緒満載の、魅力あふれる長崎の街についての記事はこちらをどうぞ。↓

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

 

 

さて、私の小学生の時は、夏休みは長崎原爆の日に合わせて出校日があり、原爆の話をいろいろと聞いたものでした。

 

最近は、どうなのでしょう。

 

 

平和公園を訪ねることは、わたしたち家族にとって、改めて戦争について考えるいい機会でした。

 

 

 

まず訪れたのが、原爆落下中心地公園です。

 

 

昭和20(1945)年11時2分、長崎に原爆が投下されました。

 

そもそもは、福岡県北九州市の小倉に投下予定だったのが、悪天候という事で長崎に投下されたのです。

原爆は、一瞬にして長崎の街を焦土と変えてしまいました。

 

 

 

この御影石は原爆落下中心地を表しています。

この時の死者73884人、負傷者74909人、半径4m以内の全焼戸数11574戸、全壊戸数1326戸、消失土地面積は6.7㎢とのことです。

(説明板より)

 

これは、御影石の横にある浦上天主堂の壁です。

浦上天主堂は明治28(1895)年から、信徒たちの献金と、労働奉仕活動を経て、大正3(1914)年に献堂式を上げた教会です。

 

浦上天主堂は、爆心地から北東約500メートルの位置にありました。

 

当時、東洋一を誇る大きな天主堂でしたが、原爆によりわずかな壁を残すのみで、破壊されました。

 

この壁の石像は、フランシスコ・ザビエルと信徒たちで、昭和33(1958)年に、新しい天主堂建設のためにこの地に移されました。

 

 

さて、この原爆落下中心地公園の隣に平和公園があります。

 

 

平和公園の入口

 

 

階段を上っていくこともできます。

 

階段を上るとすぐ目の前には、平和の泉があります。

 

 

平和の泉

石碑の言葉

………

のどが渇いてたまりませんでした

水にはあぶらのようなものが

      一面に浮いていました

どうしても水が欲しくて

とうとうあぶらの浮いたまま飲みました

    ーあの日のある少女の手記から

 

 

全身焼けただれた被爆者たちは、水を求めながら亡くなっていったそうです。

 

昭和44(1969)年、その被爆者たちの冥福を祈るため、又世界の恒久平和を祈るためにここに水をたたえた平和の泉を作ったとのこと。

 

平和の泉を通り過ぎると、平和公園を象徴する像である平和祈念像が見えます。

 

 

平和記念像への通路の脇に長崎の鐘があります。

 

長崎の鐘

 

当時、被爆地には魚雷や戦車などを作る多くの軍需工場があり、たくさんの人々が働らいていたそうです。

長崎の鐘は、昭和52(1977)年にここで亡くなった人々の冥福を祈るために県被爆者手帳友の会が会員から寄付を募り、制作したものとのこと。

 

通路の左右には、各国から平和への願いを込めて送られた様々なモニュメントも飾られています。

 

この写真の左は、旧ソビエト連邦から寄贈されたモニュメントで「平和」。

母親が子供を抱いた姿で、愛と平和を表現しています。

 

右側はチェコスロバキア共和国から寄贈されたモニュメントで「人生の喜び」

女性が子どもを差し上げ母親と子供の喜びを表しています。

 

 

 

平和記念像が、近づいてきました。

 

 

平和祈念像

平和公園の象徴するモニュメントの平和祈念像です。

 

制作者の北村西望(きたむらせいぼう)氏は長崎出身の彫刻家です。

 

この像は、長崎市民の平和への願い、神の愛と仏の慈悲を象徴する像として作られました。

 

具体的には、右手は天を差し「原爆の脅威」を表します。

すっと水平に伸ばした左手は、「平和」を表し、閉じている瞼は、「原爆犠牲者の冥福を祈る」思いを込めたそうです。

 

 

毎年8月9日には、この像の前で平和祈念式典が行われ、世界へ向けた平和宣言がなされます。

 

 

折鶴の塔(千羽鶴の塔)

日本の古典的な文化である折り鶴は、今では平和のシンボルとしても各国で折られているそうです。

 

原爆犠牲者の霊を慰め、二度とこの地球上に原爆のの惨禍を招くことがないように、と言う願いを込めて折られた鶴を掲げるために作られました。

 

平和の象徴である鶴が、この塔の先端で金色に輝いています。

 

 

さて、平和公園の展望台からは、浦上天主堂が見えます。

次に、私達は平和公園を出て、浦上天主堂に行きました。

 

 

浦上天主堂は、非常に大きい教会です。

 

が、やはり被爆して、昭和34(1959)年に再建されています。

 

先ほども書きましたが、浦上天主堂は、爆心地から北東約500メートルの位置にありました。

大きな天主堂が、原爆によりわずかな壁を残すのみで、崩れ落ちたのです。

 

 

 

私達が訪れたときは、ちょうど結婚式が行われていました。

 

浦上天主堂に保存されている「被爆マリア」は、天主堂の中に展示されているため撮影は禁止となっています。

 

 

 

天主堂の庭には聖人の石像があります。
首がない像や黒く焦げたあとが分かります。
どれも原爆によるものです。

 

教会の鐘

 

浦上天主堂の鐘は、主に祈りの時間を告げるほか、「喜びの鐘」や「葬送の鐘」などでも、鳴らされたとのこと。

 

戦前は、この付近では、祈りの時間を告げる鐘が鳴ると、家のなかでも外を歩いていても、畑仕事をしていても、その場で祈りをささげていた光景が広がっていたそうです。

 

この写真の鐘は、被爆した鐘の一部です。

昭和25(1950)年の河川改修のときに、石垣の中に埋められましたが、遺構をぜひ公開して欲しいという長崎市の依頼に答え、昭和46(1971)年に発掘され、このように原爆のすさまじさを伝える遺物のひとつとなりました。

 

 

今回、時間の関係で、資料館には行くことができませんでした。

 

しかし、この日見学した史跡だけでも、もう充分だと思いました。

頭の中が、なんだか飽和状態になったような…。

 

正直、あまりに凄惨すぎて、あまりにもつらそうで、悲しくなりました。

 

どんな感想を書いても、軽々しく思われて、文章にする言葉が見つかりません。

 

そのため、あれも書こう、これも書こう、と最初思ったのですが、結局、淡々としたレポートとなってしまいました。

 

 

 

今、世界は狂っていると思います。

ウクライナ戦争、スーダンミャンマー、台湾をめぐる中国、北朝鮮…。

 

この地球にいつ天罰が降りてもおかしくない…そのようにさえ思います。

 

唯一の被爆国である日本。

大きな声で不戦の訴えをする資格が充分にあると思いますが、国レベルでは、しっかり訴えているのでしょうか。

 

声高で訴えるには、色々としがらみもあるのでしょうが…。

 

どうか、トラブルは外交で、解決する努力をしてほしいと思います。

 

 

 

そして、いつの日か、

 

 

世界中の人が、みな仲良くなる日が来ますように。

世界中の子供たちが、幸せだと感じるような世の中になりますように。

 

 

 


www.youtube.com

時は優しく流れて   中村由利子

 

引用:YouTubeより

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

週末のリフレッシュタイム…私の映画鑑賞 2

皆さん、お久しぶりです。

お元気でいらっしゃいましたか。

 

先日より、パソコンの不具合諸々で、ブログの更新をお休みさせていただきましたが、おかげさまで、パソコンを初期化するとサクサク動くようになりました。

 

が、もう古いパソコンなので、いつまたどうなるやらも分からず、大事に使っていきたいと思います。

 

そして、皆さんが心配して下さった耳鳴りの方ですが…ブログお休み中に、耳鼻科にいって、またまた同じような薬をいただきました。

気になりはするのですが、今は適度な運動と、水分不足にならないようにするのと、自律神経を整える音楽を聴いたり、あまり考えないようにする…これが、なかなか難しいのですが…ことにしました。

 

そんなこんなで、パソコンが直っても、しばらくは記事を書く気にもならなかったのですが、普段通りの生活も大切だと思い、ブログを再開することにしました。

 

皆さんのお気遣いのコメントには大変元気づけられましたし、アドバイスも参考になりました。

本当にありがとうございました。

 

春から初夏にかけては、書きたいことがたくさんあるのですが、この通り、ゆっくりの投稿ですので、タイムラグが相当でてきます。

もぅ~いつのことを書いているの?とい言わずに、温かく見守ってくださいね。

 

 

 

 

 

では、本日からブログを再開しますので、これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

今度は、パソコンがサクサク動いて気持ちがいいです(笑)

 

 

 

 

 

今日は、私が春に見た映画をご紹介したいと思います。

 

 

 

 

1.マチネの終りに(2019年)

 

原作は平野啓一郎

原作を読んだあと、映画もあるということで視聴しました。

 

クラシックギター演奏家蒔野聡(福山雅治)と女性ジャーナリスト小峰洋子(石田ゆり子)の悲恋の物語です。

お互い、相手のことを思いあっていながら、様々なすれ違いが重なり、とうとう別々の人生を歩むことになります。

別々の人生を送ることになる二人だけれど、そうなってからも、お互いのことを心から応援している。

パリのテロ事件、東日本大震災をなどの社会情勢を絡めながら、描かれています。

 


www.youtube.com

引用:YouTubeより

 

 

 

感想は…

そうですね…

原作に勝るものなし。

 

しかも、このお話がパリ、ニューヨーク、東京、その他世界各地を舞台にしているので、映画では場面の切り替わりが多くて、原作を読んでいないとついていけないのではないかしら。

 

でも、ヒロインで、ジャーナリスト役の石田ゆり子が凄くぴったりと思いました。

ジャーナリストとして、世界を駆け巡ってかっこいい。

 

そして、石田ゆり子が、二人のすれ違いの理由を知った後で泣きじゃくる場面は、かわいそうで見ていられませんでした。

 

ギタリストの福山雅治については…う~ん。

(描かれたキャラに感情移入するとう~んとなってしまった。

俳優さんがどうのこうのという訳では、決してございません。)

 

 

石田ゆり子に「あなたが死んだら自分も死ぬ」、とまで言ったんでしょう。

福山雅治は、ヒロインの誤解を解くためにもっと頑張らなくちゃ。。。

雅治よ、あんたの努力が足りない!

(はい、俳優さんの責任では、ありません。…笑)

 

音楽は、とてもよかったです。

私は、村治佳織さんのギターが好きなのですが、この映画でも背景によくギターが流れ、引き込まれました。

 

それはそれとして…… 

 

ただ、3回会っただけで、こんなにも魅かれあうってことがあるのかな、しかもヒロインは婚約者がすでにいたのに…

 

と、いつもながら、リアリストの自分は疑問に思いながら見ておりました。(苦笑)

 

 

 

2、殿、利息でごさる!(2016年)

 

これは、江戸時代の実話だそうです。

 

仙台藩の宿場町吉岡宿のお話で、吉岡宿で物資の輸送を担う伝馬役の全ての費用を吉岡宿の住人が出さなければいけないので、吉岡宿の人々は苦しい生活をしていました。

 

そこで、主人公穀田屋十三郎(阿部サダヲ)をはじめ、宿場の有力者たちが藩にお金を貸すことによって、その利息を伝馬役の費用に当て、人々の生活を楽にさせようようとしましした。

その、苦労談を映画にしたものです。

 


www.youtube.com

引用:YouTubeより

 

 

大変面白かったです。

 

藩側に少しも有利に事を運ぼうとする役人の要求にも、三人寄れば文殊の知恵で、町人たちが乗り越えていきます。

 

この映画では、悪い人は誰もいません。

 

いい悪いでなく、立場上譲れないものがある…。

皆、それぞれの立場で頑張っている…。

ある意味日本の国民性を象徴しているような…。

 

 

そんな印象を持ちました。

 

 

この映画は、羽生弦さん(芸能人でないし、引退したら、何と書けばいいか分からないので)が出ているという理由だけで見ました。

どこに出てくるだろうか、いつ出てくるだろうかと、待ちに待っていましたが、出てきたのは最後の最後でした。(笑)

 

 

3.マイインターン(2015年)

 

この映画も、凄く面白かったし、元気の貰える映画でした。

大好きな映画です。

 

70歳のおじいさんであるベン(ロバート・デ・ニーロ)が、シニア・インターン制度で、ファッション通販会社にやってきます。

 

社長のジュールズ(アン・ハサウェイ)は、最初ベンにあまり期待していなかったけど、彼の誠実な人柄や、会社の人たちの信頼を勝ち取ってく姿をみて、人生の先輩としても次第に好意を持ち、公私ともに精神的にも支えて貰うようになります。

 


www.youtube.com

引用:YouTubeより

 

ベン役のロバートデニーロがとても優しく、色々な人たちに対しての理解もある素敵なおじいちゃんでした。

 

ラフな格好でもいい会社に、いつもネクタイを締めてピシッと決めていく姿も素敵でした。

 

そういえば、私が就職していた時も、トレーナーや、パーカなど、皆ラフな格好が許される職場でした。

 

たまに、どうしてもスーツを着なければならない時があるのですが、そういう時は男女問わず素敵に見えたものでした。

(そういう時のために、スーツ一式をロッカーに置いている人が多かったです…笑)

 

 

社長のジュールズ役のアン・ハサウェイもかわいかった。

 

アメリカでは、シニアインターンと言う制度があるのですね。

 

お話の主人公のベンは、最初電話会社に勤めていて、インターン先は前職と全然違う女性ファッションの会社。

いくつになっても新しいことに挑戦するのは素晴らしいことだなと思いました。

 

 

いかがでしたか。

見てみようと思われる映画はございましたでしょうか。

 

 

 

最近は、NHKBSの「アンという名の少女」と「名探偵ポワロ」の再放送にはまっていて、週末の映画を見ようという時間を、これらのビデオタイムにあてています。

 

そのため、映画をあまり見なくなっているのですが、また面白い映画を見ましたら投稿しますね。

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

P.S.

 

ご紹介したい写真が2つあるのですよ。

 

一つはこれ。

分かりますか。


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世界水泳福岡大会のセレモニーで飛んだブルーインパルス

初めて見ました。

小さいけれど、かろうじて家から見ることが出来ました。

もう、感激。

 

 

 

もう一つは、ある大雨の日の写真です。

 

これって、ウナギですよね?

ここは、住宅地の道路です。

何故、こんなところにいるのか(まだ生きてくねくねしていました)、全く分かりません。

鰻が住んでいるようなきれいな川が、近くにあるわけでもないんですよ。

 

摩訶不思議。(笑)



 

 

 

これって、コロナの後遺症?!…ただの風邪だと思ったけれど。


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個人のお宅です。

素晴らしい紫陽花ですね。

ここは、そのお宅の裏側になるのですが、玄関方面も紫陽花が咲き乱れていました。

 

 

 

 

 

 

 

3月の下旬に、忙しいことが続いて、何年ぶりかに寝込んでしまいました。

 

といっても、自分が普段目安としている、病院に行かなければと思うほどの熱は出ず、朝昼晩と風邪薬を飲めば下がる程度。

 

いつもは、念のため熱が下がっても3日間くらい、さらにお薬を飲めば完全に治るのですが、今回は違いました。

 

頭痛と咳と耳鳴りが残ったのです。

 

いつもと違うなと思っていましたが、この症状も10日もすると気にならなくなるまでに回復しました。

 

そして、4月に突入。

 

4月は、暑い日もあれば、寒の戻りというような寒い日もありましたね。

このような気温の変化に、体がついていけなかったのでしょうか。

 

またもや、体調を崩してしまいました。

 

寝込みこそしませんでしたが、そのあと前回と同じような症状が再発。

 

しかし、今度は咳は出ませんでした。

後頭部の頭痛と耳鳴りだけです。

 

しつこいなぁ、と思いながら、相変わらず風邪薬を飲む。

 

なぜなら、私は頭痛持ちでなく、頭が痛いときは風邪をひいたときだけだからです。

 

風邪薬はよく効きます。

頭痛は即効でよくなります。

 

でも、やめたらまた鈍く痛くなります。

耳鳴りについては、いっこうに治らず。

 

さすがに、こりゃ、いつもと違うわ‥と思い、風邪薬をストップしました。

 

特に、耳鳴りに不安を覚えます。

 

 

放っておいても治りそうにないし、病院にいかなければいけないかなぁ。

 

 

と、思いはするのですが、どこに行っていいのか分からない。

 

風邪みたいな症状のあとだから内科か。

もしくは、ストレートに耳鼻科か。

 

家族とも相談して、まずは耳鼻科に行くことにしました。

 

耳鼻科では、耳の聞こえの検査をして、内耳が異常をきたしていないかの検査をしました。

 

狭い部屋に入れられて、ヘッドホンをはめて音が鳴ったらボタンを押す…

 

緊張するからか、耳鳴りがより大きく響きます。

 

耳鳴りがうるさいので、小さい音が聞き取れなかったかもしれないとびびったけど、結果は異状なし。(ふぅ~)

とりあえず、ほっとしました。

 

しかし、年相応に高い音は聞こえなくなっているとのこと。

「まっ、これは気にしなくていいよ。」

 

 

この後、耳の周りの血流が良くなる薬と、耳鳴りが少し小さくなるという薬を2週間分もらい、

「気になったら、またおいで~。」

と言われて、病院を後にしました。

 

なんとなく、そのお薬で良くなるような気にならなかったのですが、やはり改善した気はしません。

 

 

だいたい高音のキ~ンという耳鳴りには、神経過敏も良くないらしい。

でも、一旦気になりだしたら、気になるんですよ。

だから、よけい、神経過敏になってしまうのかもしれません。

 

 

 

ところで、最初はインフルエンザにかかって、後遺症が長引いたのかな、と思っていました。

インフルエンザの注射をしていたので、発熱としては軽く済んだのかもしれないと。

 

とにかく、風邪をひいても、後遺症でこのような長引く症状が出たのは初めてなのです。

 

 

そんなある時。

たまたま、コロナの後遺症の記事を読ん見てびっくり。

 

コロナの後遺症諸々には、知覚麻痺だけでなく頭の後頭部の痛み、耳鳴りなどもあるのですって。

 

熱は一日で下がったけど、この長引く後遺症はコロナの後遺症にそっくり。

しかも頭痛がしたときは後頭部だったし…。

 

 

しかし、3月の発熱がコロナだったとしても、そのとき病院に行かなかったので、今はもう知る由もありません。

 

恐るべし、コロナ(かもしれない病気)!!

熱があまり出なくても、後遺症が長引くこともあるのですね。

 

今は、耳鼻科から貰った薬ももう無くなりました。

 

 

 

 

 

友達からは、

「自律神経が乱れているとよ~。更年期のせいもあるんよ~。」

と言われました。

 

ふむふむ、それも原因かも。

あまり、ストレスは自覚しておりませんが…。

 

しかし、不思議なことに、更年期は誰でもとおる道‥と考えたら、すこし気が楽になりました。

 

 

今でも耳鳴りは…耳を澄ます癖がついたからか、相変わらずうるさく感じますが、しばらくは様子を見ることにしています。

 


もちろん、ツボを押して見たり、血の流れをよくするための、軽い体操をしてみたりはしています。

 

 

 

 

 

 

それにしても、熱が出て軽くすんでも、後遺症で悩まされることがあるなんて思いもよりませんでした。

 

 

油断大敵!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん。

体調が悪いときは、すぐ治ると甘く見ずに、早め早めの対策が大切です。

そんな時は、無理を押して働きませんよう、どうぞどうぞご自愛なさってくださいませ。

 

更年期の皆さんも…ね。

 

 

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

p.s.

 

 

ここふた月ほど、パソコンが遅々としてしか動かず、記事を書くのに手間取って、皆さんのブログへもなかなかお伺いできません。

あれやこれや試し、またスマホで記事を書いたりもしていたのですが、もう疲れてしまいました。

 

本当は、パソコンを初期化するのがいいんでしょうが、時間がかかるので後回しになっています。

 

そこで、すみませんがしばらく投稿をお休みします。

(このパソコンで文章を書くのが、しんどいので)

 

 

 

 

もしかしたら、週末にでも初期化できて、うまくいったら「早くしておけばよかった、お休み宣言する必要なかったわ~。」ということになるかもしれません。

 

 

 

 

改めて…

いつも、拙いわたしのブログをお読みくださっているブロガーの皆さん、本当にありがとうございます。

 

 

今日は、記事そのものも湿っぽいでしたが、次回からは、また楽しんで読んでいただけるような記事を書きますね!

 

 

それでは皆さん、ごきげんよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古都大宰府を歩く…大宰府政庁跡、岩屋城跡

 

 

いつもは、記事を書くのがとても楽しいのですが、最近スランプというか、パソコンを開く気にもなれず(尤もパソコンの調子もあまりよくない)、ご無沙汰してしまいました。

すみません。

 

で、遅ればせながら、やっと前回の続きを書き終えましたので投稿しますね。

 

 

前回はウォーキングをするために太宰府を訪れて、まず令和ゆかりの坂本八幡宮に行ったお話をしました。

 

gracedusoleil252525.hatenablog.com

 

 

今日はその続きのお話です。

 

本八幡宮から元来た道に戻り、次は大宰府政庁跡に行きました。

 

 

大宰府政庁とは、奈良~平安時代にかけて九州を治めた役所です。

また、外国使節の応対や、外国が攻めてきたときの防衛のための役割もはたしていました。

一番栄えていた時は、1000人もの役人がいたそうです。

 

 

大宰府政庁は、3回にわたって建て替えられていて、今は礎石が残っているだけです。

 

正直、広い原っぱに礎石がポンポンとあるだけの、何がなんだかさっぱり分からないところだったので、政庁跡を見た後に隣接している太宰府展示館に入りました。

 

太宰府展示館で展示物を見学していると、解説員の方が来て、

「分からないことがあったら、聞いてくださいね。」

と、言ってくださいました。

 

そこで、

「すべて、分かりません。」(←申し訳ない)

と言ったら、笑って展示室の入り口から順を追って、丁寧に説明して下さいました。

 

ここからは、写真と一緒にお話ししますね。

 

とは言うものの、先ほども書いたように大宰府政庁跡は広いし、礎石があるだけで高さがないので、写真でみても偏平で、分かりづらいかもしれません‥‥。


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大宰府政庁復元模型

大宰府展示館展示品から

 

瓦葺きの屋根に赤い柱。

美しいですね。

でも、この赤い色は…他の都城から想像した色で、赤い塗料が出土したわけではないそうです。

 

名称を書くと、

 

①南門

②西脇殿

③東脇殿

④広場

⑤正殿

 

これが、どこに相当するかと言うと、

 

① 南門跡。

② 西脇殿跡。


 


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➃ 広場跡。
正面の草むらが、⑤正殿あとでしょうか。

 


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どこに相当するかよくわからない築地あと。(苦笑)

 

どこら辺かよくわからない礎石。(あらぁ~)

 

築地跡と、礎石跡は、どの辺の写真か分からなくなったので、参考ということで。

すみません。

 

明治時代以降に作られた、大宰府政庁跡を示す石碑もあります。

 

そして、大宰府の町ですが、条坊制の町でした。

条坊制とは、京都の町並みみたい碁盤の目で区切られた町並みをいいます。


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引用:古都大宰府保存協会公式ホームページより

 

 

 

では、大宰府の街の規模は、どれくらいの規模だったのでしょう。

因みに平城京も、大宰府もモデルは、唐の長安です。


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大宰府展示館のキャプションより

 

黒で塗り潰されているところは、役所だと思われます。

 

大宰府は、「遠の朝廷」と言われるけど、街は小さいですね。

面積にして平城京の4分の1もありません。

 

更に、長安大宰府の約50倍、平城京の9倍の大きさ。

長安は、桁違いの大都市だったのでしょうね。

遣唐使は、その大きさ、賑やかさにど胆を抜かれたのではないでしょうか。

 

 

さて、大宰府展示館で、1時間みっちり講義を受けたあと、

「四王寺山の、岩屋城跡はすごく景色がいいんだよ。もっと、アピールしていいくらい。車なら行ってごらん。」

と言われました。

 

で、ウォーキングを一旦やめて、その代わり岩屋城跡の素晴らしい景色を見に行くことにしました。

 

 

 

岩屋城とは、四王寺山にあるお城です。

 

ときは安土桃山時代

 

鹿児島の島津氏が、九州を平定しようと北上してきました。

 

岩屋城を守るのは、大分に拠点を持っていた大友氏の武将高橋紹運(1548~1586)。

 

高橋紹運は、700人余りの兵で2万もの島津の兵を2ヶ月間惹き付けた猛将で、最後は全員討ち死にします。

 

一方、勝ったとはいえ、岩屋城の戦いでかなりの戦力を消耗した島津軍も、この8か月後、九州に出兵してきた豊臣秀吉(1537~1598)に降伏することとなります。

 

因みに、高橋紹運の長子が立花宗茂(1567~1643)で、後の柳川藩主となります。

 

福岡では、男勝りであった立花宗茂の奥さんの誾千代〈ぎんちよ〉(1569~1602)も有名で、大河ドラマを誘致しようという動きがあるんですよ!

 

それでは、岩屋城跡に行ってみましょう。

 

岩屋城跡は、駐車場がないので、展示館の解説員さんに教えてもらったとおり、少し道が広くなっているところに、車を止めました。

他の車は、ほとんど来ません。

 

 

この、階段を登っていきます。



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岩屋城址の石碑

 

 

 

確かに、ここからの眺めは見晴らしがいい。

なるほど、島津軍が攻めてきても、すぐに分かります。

 

 

 

 

東の宝満山から、南を経由させて西の方を写真でとってみました。

 

真ん中の山は霊山宝満山です。

 

 

左端の色のちょっと薄い円錐形のきれいな山は、先日書いた記事でちょっと触れた大根地山です。

(参照 ↓)

あれあれ、こんなところにこんなものが…娘と夫と日拝塚古墳 - 泣いても笑っても日日是好日

 

右端にぼうっと、遠くかすかに、耳縄連山(みのうれんざん)が見えます。

この写真では写っていませんが、耳納連山の西の端に高良山があります。

高良山には、高良玉垂神がまつられいる高良大社があります。

真ん中の青い屋根の建物は九州国立博物館です。

 

 

真ん中より、少し右手に基山がみえます。

白村江の戦い(663年)の後に作られた、古代の山城の基肄城(きいじょう)があったところです。

 

 

真ん中よりすこしだけ左よりの薄く見える山が福岡県で一番高い山である脊振山です。

 

昔は岩屋城跡から、海も見えたそうです。

 

参考までに、地図を載せますね。

 

①四王寺山

宝満山

➂大根地山

高良山

⑤基山

背振山

 

直線は、ざっとですが耳納連山。


Map-Itマップ・イットの地図より作図。

 

 

 

 

本当に、よい眺めです。

 

もっと、ゆっくりしたかったのですが、道路に止めている車のことも気になり、ささっと降りてきました。(笑)

 

 

このあと、太宰府天満宮まで歩きました…と言いたいところですが、もう、疲れ果てててしまった…。

 

という事で、この日の太宰府の旅?はこれでおしまい。

 

後日、改めてウォーキングに挑戦したいと思います!!

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

 

 

p.s.

 

梅雨末期のような大雨が各地で降っていますね。

 

大雨の地域にいらっしゃいました皆さんは、大丈夫でしたでしょうか。

 

皆さんが、ご無事でありますことと共に、被害が最小限でありますことを、心より願っております。

 

 

古都大宰府を歩く…令和はここから始まった。


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奈良時代は、梅は中国から伝わった大変高貴な花だったそうです。

引用:インスタグラムより

 

 

 

皆さん、運動はしていらっしゃいますか。

初夏は、新緑が目に眩しく、爽やかな風が吹く季節。

家にいてばかりではもったいないですよね。(笑)

 

 

と、言いながら、冬の話になります。(笑)

 

 

わたしは、健康のためにできるだけ毎日散歩しています。

ただ、家の回りの散歩というと、コースが決まってくるのですよね。

 

最近は健康志向で、おすすめ散歩コースを紹介している市町村が多い。

 

と、いうことで、ちょっと遠くにいって、初めてのコースでウォーキングしました。

このコースは、古都大宰府を歩きます。

 

おすすめのコースの一つに大宰府政庁跡から、観世音寺を通って大宰府天満宮まで歩く、約2kmのコースが紹介されていました。

 

往復すると、1時間か…

 

ちょうどいいコースです。

 

 

 

幸い休みの日で、アッシー君の(表現が古すぎるか…笑)夫が一緒だったので、太宰府までは、車で行きました。

 

 

そして、大宰府政庁跡の近くの駐車場に車を止めて、スタート。

 

コース通りに歩こうとすると、こんな看板が。

 


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これは…これは…

 

すぐ、近くに令和ゆかりの坂本八幡神社があるんだ…。

 

ということで、坂本八幡神社に寄り道をすることにしました。

 

元号が平成から令和に代わって、はや4年目です。

時が経つのは、早いものですね。

 

令和という元号の由来は日本最古の歌集『万葉集』に載っている、「梅花の歌三十二首 序文」から採られました。

「梅花の歌三十二首」とは、神亀4(727)年頃に、大宰府の長官である大宰帥(だざいのそち)として赴任してきた大伴旅人(665~731)が、自宅に大宰府や九州の役人を招待して、梅花の宴を催したときの歌です。

 

そして、坂本八幡神社は、大伴旅人の邸宅の候補地なのです。

大伴旅人の邸宅の候補は他にもいくつかあります。)

 

 

〈そうそう、この近くには梅大路という、雅な名前のバス停があるんですよ!〉

 

 

 

では、『万葉集』から、令和がある文章を抜き出してみましょう。

 

 

 

 

于時、初春月、気淑風。梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。

 

書き下し文にすると、

 

時に、初春の月、気淑しく風ぐ。梅は鏡前の粉に披き、蘭は珮後の香に薫る。

 

 

ときに、しょしゅんのれいげつ、きうるわしくかぜそよぐ。うめはきょうぜんのこにひらき、らんははいごのかおりにかおる。

 

意味

 

あたかも初春のよき月、気はうららかにして、風は穏やかだ。梅は鏡台の前のおしろいのような色に花が開き、蘭草は腰につける匂い袋の香のように、良い香りが薫っている。

 

(古都大宰府保存協会のパンフレットを参考に、少しアレンジを加えました。)

 

 


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博多人形による「梅花の宴」

太宰府展示館の展示品より

 

 

待ちに待った美しい梅の花が咲いたことへの喜び、感謝の気持ちが表れている…そんな風に感じませんか?

 

桜の木の下で、ドンチャンと歌い騒ぐ、現代のお花見の原型を見ているようです。

 

 

 

 

では、お話を現代に戻しましょう。

 

 

 

本八幡神社へは、梅の木の並木道をまっすぐに歩きます。

 

 

 

梅の並木道は、奈良時代の雰囲気を醸し出していました、と書きたいのですが…。

哀しいかな、この時はまだ、花が咲いていない。(笑)

 

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さぁ、坂本八幡神社につきました。

 

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入口


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拝殿

 

 

あらっ。

小さい。

我が家の近所の神社より小さい。

しかも、無人の神社。

令和になった時、ここに何千人も並んだとは信じられません。

 

でも、こざっぱりときれいに清掃されていて、まわりの原っぱからは、爽やかな風が吹いていて、とても居心地のいい神社です。

 

ところで、坂本八幡神社創建の由来は明らかではありません。

 

平安時代には、ここに善正寺という天台宗のお寺があったそうです。

この、善正寺は、九州の豪族である少弐氏が滅亡してから、廃れていったとのことです。

 

 

さて、入り口の近くに3つの石碑がありました。

 

一つは、令和の碑。

 

もう一つの碑は、梅花の宴に主賓として招かれた、大弐紀卿(誰に相当するか不明)の歌。

 

最後の一つは、やはり万葉集からとられた大伴旅人の歌。

 


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わが岡に  さ男鹿来鳴く  初萩の

花嬬問ひに   来鳴くさ男鹿

 

わがをかに   さをしかきなく  はつはぎの

はなづまとひに  きなくさをしか

 

私の家の近くの岡に牡鹿が来て、鳴いている。萩の花に妻になってほしいと、鳴いているよ。

 

花嬬(はなづま)とは、鹿が、いつも萩に寄り添うことから、鹿の奥さんにみたてて、 萩の花を花嬬(はなづま)と呼んだとのことです。

 

奈良の平城京から大宰府に赴任してきた大伴旅人にとって、大宰府は家の近くで鹿を見かけるくらいの、雲泥の差で寂しい所だったのかもしれませんね。

 

因みに、『万葉集』は大伴旅人の子どもである大伴家持(718?~785)によって編纂されました。

 

 

 

このあと、奈良時代の役所跡の大宰府政庁跡に行きました。

 

そのレポートについては次回に書きますね。

今回は既に2000字を超えてしまったので。

 

最後に、アクセスを。


goo.gl

 

コミュニティバスまほろば号で、大宰府政庁跡下車 徒歩約5分

まほろば号は、西鉄都府楼前駅太宰府駅からも乗れます。)

西鉄都府楼前駅下車 徒歩約15分

福岡空港博多駅からの直行便は、太宰府ライナーバス「旅人(たびと)」

 

 

 

 

今日も…日日是好日

 

 

p.s.

 

もう、遠い昔のように感じますが(笑)、皆さんは、ゴールデンウィークはいかがお過ごしになりましたでしょうか。

 

わたしは、ちょうど庭の梅の実が大きくなったので、梅の実をとりました。

 

おかげさまで、今年は豊作でした。

近所におすそ分けをして、残った分を梅酒にしました。

 

梅酒は、1年たてば美味しく飲めると言いますが、個人的には、少なくとも2年は置いたままにしておく方が、美味しいようです。

もっと置けば、より美味しいのでしょうが、待ちきれません(笑)

 

この梅は2年後の楽しみです。(笑)


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