正面は現人神社の拝殿
お盆、娘の帰省、それから…と色々なことが重なり、なかなかまとまった時間でブログに向き合うことが出来ず、前回からだいぶ時が経ちまして…
やっと本日の投稿となりました。
それから…という話については、次回お話しますね。
きっと、皆さんのお役に立つ話になると思います。
それでは、今日のお話は神社の紹介です。
地元にインスタ映えのすることで有名な神社があるということで、6月に現人神社(あらひとじんじゃ)に行ってきました。
こじんまりとした可愛らしい神社と言う口コミで訪れたのですが、可愛らしいだけでなく、なんとここは全国2000ヵ所からある住吉神社の本宮という、すごいところでした!
というわけで、軽い気持ちでの参拝は、私にとって、あらたな歴史をたどる旅に変わりました。
今日は、その現人神社をご紹介したいと思います。
現人神社は、福岡県那珂川市にあります。
(最近、このブログでは那珂川市周辺が熱い…)
この神社の近くには、市こそ違いますが、近くに奴国王墓と言われる須玖岡本遺跡、先日紹介した日拝塚古墳などがあります。
また、太宰府天満宮からも12キロとあまり離れていません。
gracedusoleil252525.hatenablog.com
現人神社のご祀神は、住吉三神。
底筒男命(そこつつのをみこと)、中筒男命(なかつつのをみこと)、表筒男命(うわつつのをみこと)です。
また、相殿には、神功皇后、風の神である級長津彦命(しなつひこのみこと)、級長戸辺命(しなとべのみこと)を祀っています。
ご神徳は、商売繁盛、仕事運アップ。
境内に「現人神社(住吉三神本宮)略誌」とかかれている由緒がありました。
文語調ですが、文の言い回しから比較的分かりやすい文章なので、明治時代に書かれたものではないかと思われます。
この記述によると、ここで祀られている住吉3神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻ってきて、禊をした時に生まれた神々です。
神功皇后の朝鮮出兵の時には、荒れ狂う海原で、神功皇后を守護しました。
その時に神様がお姿を現したので、神功皇后は帰国したとき、その心根に感謝して、住吉三神へ「現人大明神」との尊号を授けたとのことです。
(私は由来を知る前、名前から日本書紀のツヌガアラシトを思い出して、朝鮮系の神様かなぁと思いました。けれど全然違っていました…笑)
そして、さらに神功皇后は大和に帰った時、大阪の住吉の地にも住吉三神の和魂をお祀りした(大阪の住吉大社)とのことです。
現人神社のホームページによると、創建は1800年くらい前のこととされています。
この神社の創建はとても古いのですね。
因みに福岡市の博多駅近くにある住吉神社は、現人神社から勧請された神社とのことです。
それでは、さっそく境内に入ってみましょう。
駐車場から歩いていくと、拝殿正面の左側(東側)に出ます。
風車の通路が見えますね。
駐車場からは、この通路を突破して正面に出ます。
風車の通路を通る前に本殿の左側(東側)の側面を見上げてみたら…
あれ、鬼の飾り物。
何かから、守っているのでしょうか。
さて、涼しげにカラカラなっている風車の通路を通り抜けたら…
おぉ、ご神木!!
昔々からある木であることが分かります。
ご神木も通り過ぎて…
正面の入り口にでました。
この鳥居は那珂川市で一番古い鳥居だそうです。
さて、ここから改めてお参りしましょう。
鳥居前で、お辞儀をして鳥居をくぐります。
すると…右側(西側)に住吉三神誕生の地を記す石碑があります。
左側(東側)を見ると…
何を祀っているかよく分かりません。
石の文字が風化しているようにも見えます。
参道の左右には、おめでたい鯛の置物が飾られています。
こちらは、ピンク色の鯛。
土俵もあります。
そういえば、福岡市の住吉神社には古代力士像がありますし、今でもお相撲さんの取り組みには塩をまいたりしていますね。
昔から神聖な行事だったことが分かります。
今度は、ぼんぼりっぽい飾り物。
お手水。
コロナが流行りだしてから、花を添えてられたお手水をよく見かけますね。
うわぁ、ハートのオブジェ。
可愛らしい。
可愛らしい演出がいっぱいなので、ついつい参道の左右に目がいってしまいます。
参道にも風車の通路があります。
さぁ、風車の通路を通り抜けて、いよいよ拝殿へ。
と…その前に目についたのは…
狛犬さんの前に昨年の縁起物でしょうか。
寅ですね。
ここも、ハートに並べられている。
ここまで可愛らしくアレンジしていると、インスタ映えがすると評判になるのもむべなるかな。
拝殿の脇に置かれてあったお汐井。
清め塩を置いている神社もよく見かけますが、地元でわたしが参拝した神社は、お清めの塩でなく砂を置いているところも多いです。
海が近いからでしょうか。
ちなみに、ここのお汐井は砂がサラサラしていました。
志賀海神社や箱崎八幡宮のお汐井がザラザラして、いかにも海の砂だなと言うのに比べて、那珂川からとった川の砂と思われます。
拝殿の右側(西側)にある風車の通路。
境内社。
ここも境内社。
ここにも、可愛らしい置き物が置かれています。
うさぎ年だから、うさぎの置き物もありますね。
因みに、鯛や寅やうさぎなどの置き物は、もともと素焼きの焼き物に色を塗ったもので、おみくじが入っていました。
可愛らしい神社でしたが、神社の広さは氏神様の規模ですぐに見終わります。
だけど、参拝客はひっきりなしに訪れていましたよ。
小さな神社だったけど、由緒にはびっくり。
だって、この小さい神社が、あの全国2000余りある住吉神社の本宮なのですものね。
このあと、裂田の溝(さくたのうなで)に行きました。
裂田の溝は『日本書紀』にも載っている灌漑用水路で、神功皇后が現人神社の神田のために作ったと言われています。
今も現役で利用されています。
神功皇后がいつ頃の人かはっきりとは分かりませんが、発掘状況からこの裂田の溝は弥生時代までさかのぼる、という研究者もいるそうです。
神功皇后は起源後の人と思われるので、2~3世紀にできたという事でしょうか。
この用水路を掘っている時、大きな石にぶつかって、にっちもさっちもいかなかった時に神功皇后が武内宿禰に命じて神に祈らせたそうです。
すると、どうでしょう。
雷が落ちて、岩が裂けたのです…。
裂田の溝の名前の由来は、その故事にちなむそうです。
(その岩のあった場所に、今裂田神社が祀られていて、岩も現存しているそうですよ。)
今も利用されている裂田の溝。
現在、この周辺は文化財散策ルートの裂田の溝コース(12.5キロ約4時間)として、整備されています。
この日は現人神社に行った後だったし、凄く暑い日でもあって、駐車場の近くをうろうろしただけでした。
写真が少ないのですが、そのすがすがしい雰囲気を感じて下さいね。
菖蒲が咲いていましたよ!
最後に、現人神社のアクセス案内を。
このマップの現人神社を南の方にスクロールすると裂田神社が出てきます。
裂田の溝はそのあたりです。
引用:グーグルマップより
現人神社への行き方は煩雑なので、神社のリーフレットからご紹介しますね。
引用:現人神社のリーフレットより
この那珂川市と言うところは、太宰府市からも近く、非常に歴史が古いところです。
時間があったら、また改めて、ゆっくり散策してみたいと思います。
少なくとも涼しくなったら…ですけれどね!(笑)
今日も…日日是好日。