今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」
子どもの頃、よく遊びに行っていた岡山の吉井川
引用:西大寺小学校区連合町内会ホームページより
今日は、お題にちなんで、母方の祖母の話を書きたいと思います。
母方の祖父は、私が生まれた時にもう亡くなっていました。
母の実家は岡山の西大寺で、私が小学生低学年ごろまでは、夏休みは2週間ぐらい祖母の家に遊びに行っていました。
母方の祖母の家に行く時は、博多駅から「はと」という特急に乗って、さらに岡山駅で赤穂線に乗り換ます。
朝出発しても、到着は夕方遅い時間。
電車に長い間間乗っていなければなりませんでしたが、窓を開けることもできるし、結構楽しかったですね。
そういえば、岡山にいる時に、初めて岡山まで開通した新幹線を、わざわざ岡山駅に見に行ったことも。
祖母の家では、いつも時を同じくして名古屋からも従弟が遊びに来ていました。
そして、すぐ近くには、又従弟の家もあり、歳の大きい子グループ(兄達)、小さい子グループ(私達)に分かれて、朝から晩まで遊んでばかり。
家にお風呂がないのでお風呂屋さんに行ったり、川で石を投げたり、観音様でハトに餌をやったり、夏祭りで灯篭を流したり、本当面白かった…。
西大寺観音院の境内で、よく遊びました。
引用:じゃらん観光ガイドより
さらに祖母の作る食事は和食、洋食を問わず何でもおいしく、特にご飯とお味噌汁は絶品でした。
大勢で、わいわい言いながら食べたからかもしれませんね。
ご飯は粒が大きく、今でいう備前米なのかな。
私も今、ご飯にこだわって、電気釜でなくガス釜で炊いたり、粒の大きさにこだわったりしますが、現在に至るまで、このお米ほどおいしいと思うお米に出会ったことはありません。
この時の、アイスクリームにまつわるエピソードは、こちらをどうぞ。
gracedusoleil252525.hatenablog.com
あれれ~
祖母の思い出が、祖母の家に遊びに行った時の思い出になってしまいました。
さてさて、
祖母は、私達が福岡に戻る時に、今度は私たちの家に遊びに来てくれました。
きれい好きで、私達の家に来ると塵一つないくらいに掃除をして、残った時間はよく読書をしていましたね。
色々なジャンルの本…と言っても小説が主ですが…を読んで、そのストーリーをよく話して聞かせてくれました。
もっとも、歳をとってからは本を読みづらくなったのか、テレビをよく見ていました。
時代劇が主でしたが、時にはアニメのハイジやフランダースの犬を見て、泣いたり笑ったり。
そして、岡山にいよいよ帰らなければならない、という日の前日は、必ず私と近所を散策しました。
今は立ち入り禁止になっていますが、ある施設の一角に広場があって、その一番高いところに座ると博多湾が一望できるところがあります。
そして、そこに座って色々な話をしました。
祖母が帰る日は、既に2学期が始まっており…
学校に行く時、これで祖母ともしばらくお別れだと思うと、とても悲しくて、近いうちにまた遊びに来てね、と何度も念を押して、指切りをして学校へ行きます。
ある日、台風の来る日が、祖母が岡山に帰る日と重なったことがありました。
もう、その日は家に帰ってもおばあちゃんはいないんだなぁ、と思いながら帰ると、
「お帰り~」
と、出迎えてくれるではありませんか。
予期しないサプライズにとても嬉しかったのを覚えています。
その時は次の日も、祖母は岡山へ帰ることが出来ませんでした。
そして、その次の日…今度は本当のさようならでした。
祖母が帰ってからの数日は日は生活にぽっかり穴が開いたような…すぐ慣れるのですが…そんな一日を過ごします。
思えば、祖母は私達と同様、朝出発して、電車を乗り換え夕方到着です。
行ったり来たりも大変だっただろうなぁ、と思います。
しかし晩年は、めでたく博多駅にも新幹線が開通し、信じられないくらい短い時間で、博多~岡山間を行き来することが出来るようになりました。
今は、博多~岡山間が、新幹線で2時間ちょっと。夢のような速さです。
時代は変わっていきますね。
祖母の思い出…それは、何も考えず一日中笑って暮らした眩しかった夏の日のの思い出です。
生きていれば、今年は110歳になります。
今日も、日日是好日。